委員長のゆううつ。

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STAGE 2 委員長の旅立ち。

その0 プロローグ

 お守りも終わってようやく一段落。あとは悠々自適な老後でもおくるさね。
 そう思ってくつろいでいたところだったのに、あの子達はまた予告もなくふらりとやってきた。話を聞けばまたやんごとなき事情を抱えてるじゃないか。詳しく聞けば、あの人の娘でリズの姪ってことになるらしい。本人の話が正しければだけど。
「どこからどこまでが本当なのさ」
 確認の思いをこめて問いかけると全部という返事。いけしゃあしゃあとよく言うさね。
「ひさびさに面白くなりそう」
「アンタ、カリンを拾ったときも同じこと言ってたよね」
「そうだっけ?」
 紫の瞳がくるくると元気よく動いている。長い付き合いだからわかる。こういう表情をする時は絶対に面白がっている。
「そして、あたしにその世話役がまわってくるわけだ」
「うん。そう」
 悪びれることなくさらりと告げる様は、どこからどう見てもあの人の影響だ。
「それより体のは大丈夫なの?」
「アンタに心配されるなんてね。見た目通りさ」
「でも」
 瞳に影がよぎる。気遣わしげな視線。ちょっと隠居してただけでこれだ。この子のこういうところは嫌いじゃない。実際、この子を育ててきたのは半分以上あたしだし。あたしも歳をとったもんさね。こんなことで嬉しくなるなんて。
「おかげ様で休養はとれたよ。連れてきてるんだろ? その子に合わせてよ」
「うん。そこにいる」
 言われるまま視線をめぐらせてみると。
「これは現実、これは現実」
 なにやら不可解な言葉をぶつぶつとつぶやく人間の女の子がいた。
 あたし達、霧海(ムカイ)の住人にとって見た目の年齢はさほど関係がない。地上人(ちじょうびと)と海人(うみびと)の違いもあるし、完全な人形(ひとがた)を形取っている輩もそんなにいないからだ。現にあたしだって人間じゃないから。
 別の惑星からの住人が気がついたら未知の場所に来ていた。それに戸惑っているといったところか。リズとの付き合いが長いせいか、こういうパターンは珍しくない。カリンやセイルだってそう。はじめは戸惑って、戸惑いながらも現実を受け入れてここにいる。
「アンタがうわさのしーちゃん? あたしはマリーナ。海の妖精さね」
 ここはあたしがひと肌ぬぐしかないか。そう思って声をかけると女の子はおずおずと手を差しだした。
「高木詩帆(たかぎしほ)です」
 濡色(ぬれいろ)の長い髪を二つの変わった形に結わえている。『三つ編み』って呼ぶらしい。地球ではよくある髪型なんだそうだ。顔にかけてるのはメガネ。こっちはわかる。リズがこの前までしてたからね。もっともつい最近じゃはずしてるみたいだけど。どうやら飽きたらしい。
 緊張を和らげるようにと黄色い手を握り返すと髪と同じ黒の瞳がにこりと笑いかける。なかなかどうして、肝の据わった子じゃないか。
 感心しながらまじまじと相手を見ると。
「目をそらしちゃ駄目。現実を受け入れなきゃ何もはじまらない」
 いや、アンタ。思っていても当人の前でそれ言っちゃ駄目だろ。
「修学旅行、修学旅行。未知との遭遇なんてそう簡単にできることじゃないんだから」
 よく見ると笑顔のまま表情が固まっていた。どうやら相当無理をしていたらしい。
「あたしは委員長。何事にも動じない。動じてたまるもんか」
 いや、アンタ。
 どこからどう見てもおもいっきり動じてるじゃないか。イインチョウがどんなものかは知らないけど。さっきから自爆しっぱなしだよ。
「シホさん、もうそれくらいで大丈夫ですよ」
 カリンの声に女の子がようやく手を離す。笑顔はまだ貼り付いたままだ。
「どうも緊張してるみたいです。すみません」
 女の子に変わってカリンが頭を下げる。そりゃあね。見ず知らずのところに来たんだから気持ちはわかるよ。けどさ。
「親父が本当に見つかったら十倍返しにしてやる」
 笑顔のまま危なっかしい台詞つぶやいてるし。大丈夫かこの子。
「……ずいぶんと面白い子がきたもんだね」
「現実を受け入れるのに精一杯みたいだよ」
 隣で同じく異世界からの住人が脳天気な声をあげる。
「アンタだってちょっと前まで似たようなもんだっただろ」
 軽くにらみつけるとそいつは肩をすくめて笑った。
「ぼくは異世界慣れしてますからね。何事も経験でしょ」
 だからってここまで驚くのもどうかと思うけどね。
「あれでも当人は必死になって現実を受け入れようとしてるんだ。温かく見守ってあげなよ」
 あたしはこの世界のことしか知らないからなんとも言えないけど。異世界からきた住人ってのはみんなこんなのばっかりなのかね。
「まってろくそ親父。今にぎったぎたにしてやる」
 なんとまあ物騒な台詞なんだか。
「あれも自分を落ち着けるためにやってるのかい?」
「せっぱつまった時に地が出るみたい。本人は気づいてないみたいだけど」
 本当に面白い子だ。
「どうすっとよかやろか。ちっともわからん!」
「あと、たまに変な口調になってる」
「みたいだね」
 少なくとも退屈はしなくてすみそうだね。アンタもそう思ってるクチかと訊くと、セイルは質問には答えず片目をつぶってみせた。こいつも絶対面白がってるね。
「姐さん。詩帆ちゃんもいいけどぼくも診てよ」
 そうだった。療養中なのはあたしだけじゃなかったね。
「ちょっとまってな」
 銀色の髪に、腕に、体に触れる。これだけ触っても表情を崩さないところをみると、だいぶ落ち着いたようだ。
「そろそろはずしてもよさそうだ。ただし無理はしないこと」
 念をおして言うと了解という返事が返ってきた。
 こいつ曰く『リズっちと愉快な仲間達』、名前ほど愉快な面々でもない。長年生きていれば人生経験も豊富になる。ひよっ子二人もリズもなかなか面白い生い立ちや目的を持っている。だからって立ち止まるわけにはいかない。まだまだこの先長いんだから。さしずめあたしはこいつらの背中を押してやる役。この子達は一体どんな道を歩くんだろうね。
「お母さん待ってて。今に親父をぎったぎたにしてみせるから」
 ……本当に、どんな道を歩くんだろうこの子。
 これからの長い道のりに思いをはせ、あたしは目を細めた。
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