委員長のゆううつ。

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STAGE 2 委員長の旅立ち。

その1

 つい昨日まで学校に通っていたのに。今日は学校はおろか、家とは全然別の場所にいて。一寸先は闇というか。それとも事実は小説より奇ともいうか。どちらにしても、ろくでもないことは確かだ。
「どうしたの。たそがれちゃって」
「たそがれたくもなります」
 確か日暮れとか薄暗い夕方の時分のことを指すのよね。黄昏れ時とはよく言ったもんだ。
「先輩は元気でいいですね」
 視線を遠くから隣にいる男子に移す。加えて悩みがなさそうでいいですねとも言ってやりたい。もちろん皮肉だけど。
 銀色の髪に青い瞳。友達に言わせればかっこいいらしい。確かにそこは否定しないけど、かっこいいと呼ぶよりも人なつっこい、端的に言えば馴れ馴れしい感じもする。肌の色は黄色人種のあたしとは比べものにならないくらい白くて。
 彼の名前はセイル。数ヶ月前にあたしの学校にやってきた一つ年上の先輩で、留学生――だった。
 『だった』ということはもちろん過去形ってこと。九月の初めに高校に転入してきて、家庭の事情で同月の終わりにはあっさりといなくなってしまったのだから。そのわずか数週間の間なぜか顔を合わせることになった二年生の彼と一年生のあたし。その時のなごりで再会した今も先輩という肩書きを呼び続けている。そしてその先輩は、あたしの目の前でハンバーガーを食べている。
「どんな時でも元気でいなきゃ。委員長なんでしょ」
「昨日で解任されました」
 先輩の質問をばっさりきる。ちなみにハンバーガーは先輩のリクエストでこっちに来る前にあらかじめ買っておいたもので、正確にはダブルバーガーセット。しめて六百三十円なり。
 クラス委員は別名を学級委員。要はクラスをまとめる人ってことで。転校でもしない限り期限は一年間有効。換言すれば一年たてば新学期にまた新しい委員長を決めることになり、あたしは晴れて一般生徒に逆戻り。別にリーダーシップを取るのが好きというわけじゃないし細々とした作業が好きってわけでもない。なら今までどうして委員長になってたかというと、それはまた別の話だ。
「先輩は『こっち』にすっかりなじんでるんですね」
 もっとも二年生になって指名や立候補したら別だけど。ちゃんと始業式が始まる前にはぜひ家に返してもらいたい。
 そんなことはおくびも出さず、あえて別の問いを投げかける。
「学校では目立ってたけど、ここじゃすっかり溶け込んでるみたい」
「ぼくももう少し『あっち』にいれたら地球にもばっちりなじんでたんだろうけどね」
 確かにそうかもしれないけど。 学校にいたらいたで先輩のことだ。馴染むのにさほど時間はかからなかっただろう。
 『こっち』で違和感がないのには理由がある。
 まずは髪。銀色のそれは月明かりに映えてきれい。日本人だらけのあたしの学校じゃ目立っていたけど異世界となると話は別で。補足すればリズさんの髪は藍色でカリンくんは黒髪。あたしも黒髪だけど、同じ色でも彼は漆黒だからわけが違う。もっと補足すれば瞳の色も全員ばらばら。見た目の年齢は変わらないのにこれだけバリエーションがあるのも珍しい。
 あとはまあ、雰囲気。人なつっこいのは変わらないけれど、言葉の端々に常人とは違うものが見え隠れしている。
 ここで『こっち』とか『あっち』とかいう言葉に注目してもらいたい。『こっち』は今いる場所で『あっち』は今までいた場所になる。
 今までいた場所。それはあたしが昨日まで通っていた学校、家、日本。大まかに言えば、地球。
 今いる場所。霧、水辺。そして。
「あたしの人生ってドラマチックすぎますよね」
「はいはい。現実を見ましょうね」
 今度はポテトに手をのばした先輩にならい自分も食事をとることにする。あたしはテリヤキバーガーの単品だ。
 あたしだっていつまでも現実逃避はしたくありませんよ。でもさ、否応無しに非・現実に連れてこられたらため息のひとつもつきたくなる。
 あたしが今いる場所。ここは、異世界。
 ひょんなことで修学旅行をつぶされ、もとい、見ず知らずの場所にやってきたあたし。初めて見たものは、霧と水だらけの場所と久しぶりに顔を合わせた先輩。その後カリンさんやリズさんといった面々と出会い、紆余曲折をへてここにいる。
「あたし、本当に異世界に来ちゃったんですね」
 あらためて現実を突きつけられて何度目ともつかないため息をつく。
「そんなにため息ばっかついてるとさぁ」
「幸せが逃げちゃうって言いたいんでしょ。知ってます」
 先輩が言い終わる前に言い切って、さらにため息。
「今日まで多めにみていてください」
 先輩と後輩が二人でハンバーガーを食べる。いたって普通の話だ。セットの中身だってごくごく普通のポテトとジュース。これで食べてる場所がファーストフード店じゃなくて夜の水辺じゃなかったらごくごく普通のことだっただろうに。
「霧の海ってよく言ったもんですね」
 世界は三つあって。ここはその惑星のひとつ、霧海(ムカイ)と呼ぶらしい。ちなみに残り二つは地球と空都(クート)。呼び方と名前の指す意味はリズさんに教えてもらった。そういえば。
「先輩。ここってどうして霧だらけなんですか?」
 昼間なら太陽だろうけど今の時刻は地球時間にして午後八時二十分。腕時計は装着済みだから間違いない。多少の時差はあるだろうけど空は暗くて辺りは霧以外何も見えない。それでも霧があるってわかるのは夜空からの光のおかげだ。
 疑問を口にすると、ポテトを口に入れたまま先輩は空を指さす。夜空にあるもの、それは無数の星と。
「月?」
「冰(ヒョウ)って呼ぶらしいよ」
 言葉の意味がわからず首をかしげると先輩は解説してくれた。
「空に浮かぶ氷の塊なんだってさ。
 氷なんだから溶けて当然なんだけど。あまりにも大きいから半分しか溶けきれなくて、霧のまま地上に降りてくるわけ。だから地上は真っ白になる」
 ちなみに日中はちゃんと太陽が出ている。陽の光が霧に、氷の結晶に当たると結晶が日光を散乱して輝いて見えるらしい。それで周りが光ってたわけか。納得した。追加するならもう一つの惑星の月は『昇華(ショウカ)』って呼ばれてるらしい。そういえば、三つとも衛星の呼び名は違うのに太陽って言葉は共通なんだ。なんか変なの。
 変なのといえば。
「先輩はあの話、どこまで信用してるんですか」
 ものはついでと思い話を切りだしてみる。
「あの話って?」
「神様の娘さんって話です」
 神様には三人の娘さんがいて、その娘さんにはさらに三人の天使ってボディーガードさんがいて。一対の娘さんと天使がこの世に存在する三つの惑星(ほし)を守ってるらしい。
 あたしが『住んでいる』世界は地球で、あたしが『今いる』世界は霧海(ムカイ)って霧ばっかの世界。そこの娘さんがリズさんっていう女の子でなんとあたしの叔母さんらしい。この時点ですでに怪しすぎるんだけど、その自称叔母さんに半強制的に異世界に連れてこられた。しかも叔母さん曰く叔母さんのお兄ちゃん、つまりはあたしの実の父親の居場所を知ってるらしい。疑わしさ満載だけどものは試しでついて行ってみよう、ついでに中途半端に終わってしまった修学旅行のやり直しをしようというのが今回のあたしの目的だ。もっとも後半は自分に言い聞かせるための口実にすぎないけど。
「うさんくさいと言いたいところだけど、ぼくの場合は本物を見ちゃってるから」
 残り少なくなったポテトに手を伸ばそうとして、あたしにそれを横取りされる。恨まないでほしい。全部こっちの自腹だし、あたしだってお腹が空いてるのだ。
「先輩は、どうしてここの世界にいるんですか?」
 仕方ないからとばかりにジュースをすする男子に続けて問いかける。だっておかしいじゃないか。気づいたら異世界にいて、そこに帰国したはずの先輩がいて。それはあたしよりも先に、目の前の男子が異世界にたどりついていたことを意味する。彼は一体何の目的で、もしくはどうやってこの世界にやってきたんだろう。
 ジュースを飲み終わって、彼は大きくのびをした。月明かりに、ここでなら冰(ヒョウ)の明かりに銀色の髪が映える。学校での制服姿とは違い、私服の先輩は心なしか大人びて見える。黒いフードつきの上着。コートと呼んでも差し支えないかもしれない。体にかけていたそれをぬぐと、中から細い腕と一緒に巻かれた白い布が見えた。
「ケガしたところを助けてもらったから、かな」
 細いけど筋肉質な両腕。だけども腕以上に目立ったのは傷口などを保護するために巻きつける、ガーゼ・木綿などの細長い布。異世界ではわからないけれど、あたしの世間一般では包帯と呼ぶ。
「ポカやっちゃって身動きがとれなかったんだ。そこを通りがかったリズっちと愉快な仲間達が助けてくれたってわけ」
 異世界で出会ったときから気になっていて、それでも見て見ぬふりをしていた。先輩はいたくてここにいたんじゃない。動けなくてここに、霧海にいたんだ。
 どこで怪我したんですか、とは聞けなかった。体中から拒絶の意志がみてとれたから。表面上は人なつっこい穏やかな表情をしているのに。瞳からは一抹の哀愁と諦観(ていかん)の色がみてとれる。こういう表情をする人の心にずけずけと立ち入れるほどあたしは強くないしましてや親しくもない。
 だから、別の問いかけをする。
「もう動けるんですか」
 返事の代わりに先輩は布をはずしてみせた。布の、包帯をはずした後には傷跡の残った白い腕。ちょっとやそっとでできる傷じゃない。よく見ると服の中にもうっすらと布が巻かれているのがわかるし。
「ぼくは義理堅い人間なんだ。恩を仇で返すわけにはいかないから」
 微笑んだ様は周りの景色に映えているけれど同時に少し淋しそうで。
「そろそろ行こう。みんなが待ってる」
 先輩、あなたは一体何者なんですか。
 その言葉を胸に押し込めつつ、あたしは首を縦にふることしかできなかった。
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