委員長のゆううつ。

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STAGE 1 委員長の受難。

その8

 目が覚めて、あたりを見回す。そこは見慣れた家のベッドではなく、クリーム色のベッドに白いテーブルだった。
「人間あきらめが肝心、か」
 誰かさんが言ってた格言を唇にのせる。目覚めたらそこは家のベッドでしたって展開、ちょっと……いや、かなり期待してた。でも現実はそう甘くなかった。
 テーブルの上にはお皿にのった食べ物。昨日はサンドイッチだったのに対して今日はクリームスープとパン。ご丁寧に置き手紙まで添えてある。文字は読めないからわからないけど、これって食べていいってことよね。口をつけると甘い風味が広がる。たぶんカリンさんが作ったんだろうな。一方で、もう一人はというと。
「おはよ。詩帆(しほ)ちゃん」
 あたしの目の前で海藻サラダを食べている。
「人の前で食べないでください」
「またお腹の音がなっちゃうから?」
 しかも昨日のことまでしっかり指摘される。
「もうなりません」
 なったら面白いのにと先輩はおかしそうに笑う。昨日は朝食を食べ損ねたからなったんだ。そう何度もならしてたまるもんか。それにしても、サラダおいしそう。色とりどりの海藻の上にくずした卵とごま、その上にドレッシングがかかっている。それがまた鼻腔をくすぐって食欲をそそる。じっと見ていると先輩は手にしていたフォークを止めた。
「カリンくんが作ってくれた。サラダは新鮮なのが一番だよね」
 やっぱり料理をしたのは黒髪の白雪姫さんだった。美形なうえに料理もできるなんて完璧すぎる。地球にもどったらぜひうちのお店の手伝いをしてもらいたい。きっと初日からお客さん満員になることだろう。
「食べないの?」
「食べます」
 パンののったお皿を受け取って、口の中にほおばる。ちなみに気になっていたサラダも少しだけおすそわけしてもらった。
「おいしい?」
「おいしいです」
 二人黙々と朝食を堪能する。異世界の二日目はそれなりに平和だった。
 と思ったのが甘かった。
「ごちそうさまでした」
 空になったお皿をテーブルにもどす。
「今日は何をするんですか」
「言ったでしょ。地球の帰り方を知ってる人を紹介するって」
 確かに言ってたような気がする。昨日は泣き疲れてふて寝して、その後に。
「詩帆ちゃん顔、赤くなってる」
「気のせいです」
 先輩の指摘を強引にさえぎる。
 守るから。
 昨日の先輩の言葉が頭から離れない。もちろん成り行きで言ったってことはわかってる。でも考えてみて。彼氏いない歴イコール実年齢の人間が、急にそんなことを言われたら意識せずにはいられない。
「ん? やっぱり顔赤い?」
「気のせいです!」
 もう一度先輩の声を否定する。この件は深く考えないようにしよう。じゃないと気になって先に進めない。
「それで。その人はどこにいるんですか」
 咳払いをして本来の目的を確認する。部屋にはあたしと先輩の二人だけ。ご飯を作ってくれたカリンさんは近くにいるとして。他に手がかりを知っていそうな人っていたかしら。もしかすると隣の部屋にいるとか。そう思ってドアを開けてみたけど家の外には誰もいなかった。
「もしかして、ここに来てるとか思ってない?」
「違うんですか?」
 小首をかしげると先輩は部屋の外を指さす。部屋の外には昨日と同じ、真っ白な霧が広がっている。たぶん、紹介したい人はここの外にいるってことだろう。ということは、もしかしなくても。
「またあの霧の中を歩けってことですか!?」
「ご名答」
 あたしの反応が面白かったんだろう。先輩はそう言って笑った。
 笑われるのは面白くないけれど、確かに外に出ないことには話はどうにもならない。朝食を食べ終えて身支度をととのえると二人、家の外に出る。今日も周りは真っ白だった。
 霧。
 霧。
 霧だらけ。本当になんにも見えない。でも昨日と違うのは、歩き方に慣れたのと隣に人がいること。
「よくここまで来れたよね。時間かかったでしょ」
 先輩の声に素直にうなずく。腕時計で時間を計ったら、気づいてから家に着くまで3時間かかった。今思えば視界が悪かったにもかかわらず、よく家までたどり着けたもんだ。自分で自分をほめてあげたい。
「先輩はよく家にたどり着けましたね」
「これがあったから」
 そう言って自分の耳を指さす。そこにあったのは水色のピアス。学校にいた時はなかったような。
「それをつけてると視界がよくなるとか?」
「うーん。おしい。60点」
 残りの40点はなんなんだ。頭の中にたくさんの疑問符を浮かべながら霧の中を歩く。
 歩いて、歩いて。
 さらにたくさん歩いて。途中でメガネがくもったからポケットに入れてたハンカチで拭いてかけなおす。昨日も霧の中を歩いてきたけど夢中だったからそれどころじゃなかった。
「さ。着いた」
 あたしと先輩が着いた場所。そこは水辺のほとりだった。
「水ですけど」
「うん、水」
 正確には湖みたいだけど。つけたすなら昨日左足を靴下ごとつっこんだ場所でもあるけど。
「じゃあ行こっか」
「行くって」
 目の前には霧。下には湖しかない。先輩の指は下を指している。ということは。
「まさか、この格好で水に入れってこと!?」
「ご名答」
 再びあたしの悲鳴じみた声に先輩の笑み。笑みといっても笑顔とか微笑みとかそういうのじゃなくて。たとえるなら知っててあえて黙ってるような、言わば確信犯的なもの。
「先輩からどうぞ」
「ありがとう。でもぼくは紳士だから。レディーファーストさ」
 どの口がそう言いますか。
「人のサンドイッチ横取りした人が何を言ってやがりますか」
 思ったことをそのまま口にしても先輩は含み笑いをやめない。
「君って意外に乱暴な物言いするよね。はじめはもっとおしとやかな感じだった気がするけど。もしかしてこっちが地?」
 それどころか核心にふれた発言をしてくる。
「人は、時には臨機応変に対処する必要があるんです」
 言葉をにごして返すと先輩はうーんと腕組みをした。いけない。学校じゃないからって油断してた。
 先輩の指摘は当たってる。正確には半分正しい。仮にも委員長だから表面上は礼儀正しくしておかないといけない。7年連続で学級委員の肩書きをやってると自然とそれらしいふるまいができるようになる。だからって本来の性格まで礼儀正しくなるかというと、答えは否で。さっきのは隠してたそれの片鱗が顔をのぞかせちゃったんだろう。
 その後は二人、入る入らないの押し問答が続く。一気に入れば冷たいのなんてあっという間だとか、ぬれるのは絶対嫌だとか。昨日の今日で何度も水浸しになるのはごめんだ。それなのに。
「本当は手荒なことはしたくなかったけど」
 しびれをきらした先輩にひょいと抱きかかえられる。
「ちょ、先輩!?」
「臨機応変、臨機応変」
 慌てるあたしをよそに先輩はあたしごと、どぷんと水に飛び込んだ。
 あたし、高木詩帆はカナヅチではない。スポーツ選手なみとはいかなくても百メートルくらいは普通に泳げる。だけど、水深数メートルも息継ぎなしでいられるかと聞かれたら話は別。
「…………っ!」
 苦しい。息ができない。昨日は霧で今日は水!? 一体あたしが何をどうしたっていうの!
「詩帆、詩帆」
 水中で圧死!? 水死って顔がふくれるって聞くし見た目だってぐろいって聞いた。美人薄命って言葉はあたしには似合わないはず。異世界にきたのもあんまりなのに、異世界で水死なんてなおさらあんまりだ。
 それよりも何よりも。あたし、こんなところで死にたくない!
「詩帆ちゃん!」
「わーーーっ!」
 先輩の声にあたしの拳が重なる。ぐーだったからバキっという音がした。
「いったいなぁ。君、ぼくになんの恨みあるの」
「あたしのサンドイッチ食べた!」
 頬をさする先輩に目をつり上げる。そこまでむくれなくてもと続けて聞こえたけど無視することにする。
「シホさん、シホさん」
 今度はためらいがちな声。あやまられたって許してやるもんか。食べ物の恨みは怖いんだ。
「着きましたよ」
 だから、絶対許さない。
 って。
「カリン……さん?」
「迎えに来ました」
 あたしの隣で翠玉の瞳が穏やかに微笑んでいる。ここまできて、ようやく自分が息をしていることに気づいた。
「驚かせてしまってすみません。怪我はありませんか」
 カリンくんの声にこくこくこくと三回うなずく。対応に差がありすぎじゃない? と約一名から非難の声があがるも再度無視。
「ここってどこなんですか?」
 昨日もした質問をこれまた同じ人にぶつける。このごろ本当におんなじことばっかり言ってるなぁ。
「水の里です」
 わかってたけど、今日も地球じゃなかった。『水の里』ですか。そうですか。ちなみにあたしの街にも同じ名前の場所がありますよ。お土産屋さんだけれど。
「さっき水面に突き落とされて死のダイビングをしてました」
 ぱんぱんと肩についたほこりをはらう。びしょぬれかと思いきや、撥水加工の制服はまったく濡れてない。髪はぼさぼさだったけど、ブラシを持ってきてなかったから手ぐしでなんとか整える。
「言ってなかったんですか?」
「『百聞は一見にしかず』地球の格言だってさ。十説明するより一度ですんだほうが手っ取り早いじゃん」
 呆れた眼差しのカリンさんに肩をすくめる先輩。やっぱり彼は確信犯だった。あと諺(ことわざ)にも詳しかった。
「ここの成り立ちを一から話せって? 学者じゃないんだからぼくにはできないよ」
 ここで、今度は男子二人の押し問答。だいたいあなたはいつも、とかカリンくんが几帳面すぎるんだよ、とか。なんとなくだけど先輩のあの態度は日常的なものだってことがよくわかった。
「後でちょっとずつ話してくれればいいです」
 見かねて会話にわりこむと、カリンさんはそうですねと嘆息した。
「それで。今度はここからどこに行くんですか?」
 あたしの問いかけにカリンさんは真面目な顔をして告げた。
「行きましょう。リズさんが待っています」
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