佐藤さん家の日常

学校編  その1



 入学式は面白い。だってほら、未知なる発見があるだろ?
 未知なる発見、未知なる出会い。その先にあるものはきっと――
「君もそう思わないかい?」
「なんで」
 せっかく話しかけたのにもかかわらず、前の席の奴は気のない返事をした。
「ほら、あそこにいる二人なんかすごいぞ? なんて言うか初々しさ丸出しで。一年生っていいよなー。僕らにもあんな若々しい時代があったんだね」
「言っとくけど俺目が見えないこと知ってるよね?」
「知ってるよ。だからこうして解説してるのさ。想像力をフルに使うことも時には大切だろ? 烏丸鈴華(からすますずか)くん」
「まあ確かに――」
 そう言いかけて、やめて、僕の方を見る。おおっ、焦点がちゃんとあっている。すごい、賞賛ものだ。
「なんで俺は初対面の奴とこんな話をしてるんだ? そもそも君誰」
「かたいことは気にしない。ほら、こうして実況中継してやってるじゃん」
「そういうのおせっかいって言うんだけど」
「自己紹介まだだったよね。僕は佐藤春樹(さとうはるき)。ぴっちぴちの16歳。よろしくねん♪」
「死語じゃんそれ。俺は17歳。誕生日すぎたもんなぁ」
「早生まれなんだ。じゃあ今度誕生日プレゼント持ってきてあげるね。何がいい?」
「そうだなー。……じゃなくて」
「それよりほら、次のカップルを見てみなよ!」
「……人の話全然聞いてないね、君」
 烏丸のセリフは後回しにして再び実況中継にはいる。
 入学式、ひいては新学期にやることと言えば人間チェックしかないだろう。真新しい制服に身を包んだ一年生や初めて見る同級生。ここの学校はクラスが多いからクラス替えがあって初めて顔を会わせる奴も少なくないし。かくいうこいつも名前は知ってるけど話すのは初めての奴だった。
「あれはまさに幼馴染の構図さ。小さい頃から一緒に育ってきた男女。そしてふとした瞬間に気づく想い。そしてゆくゆくは――」
「ゆくゆくは?」
 烏丸がごくりとつばを飲む。よし、つかみはおっけー。
「そう! めくるめく旅路へと。僕らはそれを応援していかなければならない。いや、そうする義務がある――」
 本当はもっと話したかったけど残念なことに会話はそこで途絶えた。どうしてかって? 意識とんじゃったら仕方ないでしょ。
「春が変なこと言って悪かった。それはどこかに転がしといていいから」
 イスを蹴飛ばされてまっさかさま。ついでに意識もなくなった。
「今の状況はわかるよ? 弟に何かされたんだろ? イスの倒れる音もしたし――って、佐藤聞いてる? 佐藤?
 ……死んだのか。短い付き合いだったな」
 これが僕と烏丸――鈴くんの出会いだった。


「短い付き合いのはずだったのに」
「まーたまた。冗談言っちゃって」
 奇遇なことに僕と鈴くんは同じクラスになった。しかも出席番号順だったから席も隣同士(男女混合だった)。自然と話す機会も増えて今や泣く子も黙る大の仲良し。まあ僕の場合大半の奴と仲良くなれる自信があるけど。
「しっかし残念だなー。この僕の顔が拝めないなんて。男でもほれぼれするような美貌よ?」
「見えなくてよかった」
 お昼休み。鈴くんは一人ジュースをすすってる。付け加えると周りの友達も『今のは鈴鹿が正しい』とか『自分で言うな』とか言ってきた。む、失礼な。
「そんなことないよー? 佐藤くんカッコいいよ?」
「でしょでしょ?」
「オネェ言葉使ってる奴がカッコいいとは思えないけど」
 女子のありがたい声援も鈴くんの一言でぴしゃり。もう一ヶ月たとうというのにつれない。よし、こうなったら。
「そう言えば2−Dの海老名(えびな)さんだっけ。可愛かったよなー」
「なにいきなり」
「いい男としては女の子の情報収集もぬかりがないわけよ。僕は君たちの一歩先を進んでるのさ」
「うわー。なんかムカつく」
 などと言いながらも、男どもは『おれは明るい子が』『俺は綺麗なお姉さま系が』『胸はあったほうがいいよな』と理想の女性像の話に突入する。そんな中、一人だけ会話に入ってこない奴がいた。ふ、予想通り。
「『今度さ。また二人でこよう』」
 そう言うと会話に入らなかった奴――まあ鈴くんなんだけど、は飲んでいたジュースをぶほっと吐き出した。すかさず横に逃げたからかひっかからなかったけど。
「おまえっ! 聞いてたの!?」
 幸いみんな『理想の女性像』の話題に集中しているから二人の会話が聞きとがめられることもない。でもまあ念のために心持ちトーンを下げて話す。
「二人でトイレから出てきた時は何事かと思ったけどなかなかどうして。様になってたよ」
「……っ!」
 鈴くんは顔を赤くしたり青くしたりした後、ふてくされたようにそっぽをむいた。
「言っとくけど変なことはしてないぞ」
「わかってるよ。でも『恋は思案の外(ほか)』って言うしね」
「なにそれ」
「恋愛は何が起こるかわからないってこと」
 それは芸術鑑賞会の一コマ。
 帰ってくるのが遅かったから呼びにいこうと駆けつけ、目にしたのは少年少女の語らいの図。僕らだと嫌がるくせにこの時ばかりはまんざらでもなさそうな顔をしていた。海老名さんも笑ってたし。この状況を見て、友としてやれることはただ一つ。
「よし、決めた! 僕が君らの仲をとりもってあげよう!」
「それこそ余計なおせっかい!」
「と言うのは冗談で温かく見守っていてあげよう。素晴らしきかな友情ぱわー」
「そんなつもり全っ然ないだろ」
「あ、わかった? さっすが僕の親友」
「勝手に親友にするなよっ! ……そうくるなら俺も考えがあるぞ」
「へー、何?」
「確かB組に弟いたよな。そいつにあることないこと言いつけてやる」
「そ、それだけはかんべんを!」
「素晴らしきかな友情ぱわーなんだろ?」
 僕が半分顔を青ざめて――本当に怖いんだよ、なつくんがマジギレしたら――言うと、鈴くんは初めて嬉しそうに笑った。
「君はなつくんの恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだ!」
「入学式の一件あったからおおかたはわかるぞ。俺も有名かもしれないけど春樹も有名だってこと!」
「鬼」
「おーい、こいつが売店行ってきてくれるらしーぜ」
 そう言うと『俺カツサンド』、『ジュースな』と次々に小銭を渡された。薄情者。
「友情って素晴らしいよな」
 鈴くんがそう言うと周りの奴らはみんな笑顔でうなずいた。こんなの友情じゃないやい。

 とはいえ、桜高校に入学して二年目。今年も何か面白いことがおこりそうな予感がする。この予感はほとんどはずれたことがないから間違いない。
 春は本当に面白い。色々な出会いがあるからね。
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