佐藤さん家の日常

その8

 今年も残すところあとわずかとなりました。みなさん宿題は終わったでしょうか。
 なんて質問はおいといて。
 だって冬休みはまだまだこれからなんだもん。聞くだけ野暮ってもんだよね。それにボクは毎日こつこつやってるんだ。一番最後の日に慌てるのも嫌だしね。エラいっしょ。
「でもこれだけは終わってなかったんだよね」
 右手には雑巾、左手には泡スプレー。今日は12月31日。草薙諸羽(くさなぎもろは)、今年最後の大掃除中です。
 スプレーをかけて窓の汚れを雑巾で拭き取って。単純な作業なんだけど一年分の汚れはなかなか簡単にはおちてくれない。ちなみに両親は仕事場のお店を掃除中。おじいちゃんは老人会の用事で出かけちゃってるから家の中はボク達三人に任されたってわけだ。
 我が家は六人家族なだけあって無駄に部屋と窓がたくさんある。こんなことならもうちょっと小さい作りにしてもよかったのに。なんて言ってても仕方ないか。ちなみに今は自分の部屋の掃除中。
「もろはねぇ、おわった?」
 同じく雑巾を持った弟の月臣(つくおみ)が近づいてくる。
「これを見よ!」
 ふき終わったばかりの窓を弟に見せつける。念入りに拭いただけあってくもり一つない。
「すっげー。もろはねぇ、すっげー!!」
「すごいっしょ」
 感嘆の声に満足しつつ、次の窓掃除に取りかかろうとしたその時。はらりと何かが落ちた。
「なーに?」
 いち早く気づいた弟が落ちた物を拾い上げる。弟が拾い上げた物。それは一枚の写真だった。
「生徒会の写真かなぁ」
 ボクとお姉ちゃんは同じ部屋。小学生の頃からずっと一緒。だからボクの部屋イコールお姉ちゃんの部屋ってことになる。弟の部屋はまだ作られていない。そのうちどこかにできるのかなぁ。
 男女の制服姿の集合写真。少し色あせてはいるものの、写真の中のそれはみんないきいきとしている。ボクの写真じゃないってことは必然的にこれはお姉ちゃんの物。そう言えば、お姉ちゃんって今の学校に入学したての頃は髪短かったっけ。
 今の長さは肩くらい、兄弟の中では一番長い。のばしたのは何でだろう。それによく見るとお姉ちゃんだけ表情がぎこちない。
「せいとかいってなーに?」
 つぶやきを聞いていたのか弟が小首をかしげる。
「うーん。学校を取りしまるエラい人?」
「じゃあつきねぇは学校のアネゴなんだ」
「そうそう。泣く子も黙る、学校の姉御――」
 相づちをうとうとしたその時。
「あ・ん・た・た・ち」
 いつの間にか、後ろに掃除機を持ったお姉ちゃんが仁王立ちしていた。
「口を動かす暇あったら体を動かす!!」
「さーてっ仕事仕事!」
「しごとしごと!」
 お姉ちゃんの声に二人ぱっと散っていく。とりあえず、ボクの家はみんな元気です。


「みんなのおかげで助かったわ」
 夕食を食べたのは夜の7時。掃除が終わった頃におじいちゃんが帰ってきて、その後お父さんとお母さんが帰ってきて。お風呂に先に入って身支度を調えた頃にはすっかり日が暮れていた。
 目の前に出されたのは年越しそばにかぼちゃの煮物にミートローフ。なんか時季はずれじゃないかなって聞いたらお歳暮でもらったから早く食べるに限るでしょだって。ボクの家はもらいものを大事にする家系みたい。
「仕事はいつまでお休みなの?」
 煮物をはしでつつきながらお母さんに聞く。
「二日まで。三日からは仕事よ」
「仕事始め早くない?」
「三日は初売りだからな。福袋も作ったぞ」
「パンなのに福袋ってありなの?」
「今はいろんな店がやってるからな。だから明後日は早めに準備しないとな」
 そばをすすりながらお父さん。ちなみにボクの両親はパン屋を経営している。実家から五分くらい離れた場所にあって今日も一日かけて大掃除をしてた。
「明日はみんなで初詣に行こうな」
「今さら家族全員で?」
 確かに高校生にもなって家族全員で出かけるっていうのも珍しいのかも。
「じゃあおれとねーちゃんで行ってくる!」
「あんた達二人を人混みの中に放出するくらいならはじめっからついていった方がまし」
 しっつれいだなー。ボクだってずいぶん慣れたんだよ? そう言ったら額を小突かれた。ボク、そんなに信用ないかなぁ。
「あんた達には自覚がないから。そーいうのが一番怖いの」
「なんでボクや月臣は迷うのにお姉ちゃんは大丈夫なのさ」
 口をとがらせるとあたしはいいの、だって。ずっるい。そんなの不公平だよ。
「そりゃあ、もろはねぇとぼくがまよったとき見つけられるようにだよ」
「そっか。つっきー頭いい!」
「……あんた達、初詣には『方向音痴が直りますように』って祈ること。たぶん直らないだろうけど」
 ボクと弟が手をたたき合うとお姉ちゃんはなぜかこめかみを押さえた。
 食べ終わったら食器を洗ってテレビを見て。初詣まで時間がちょっとあるから自分の部屋でひとやすみ。本当は眠ろうと思ってたけど、なんか目がさえちゃった。
「諸羽、起きてる?」
 軽いノックの音。
「起きてるよー」
 返事をするとお姉ちゃんが入ってきた。
「お母さんがもっていけって」
 差し出したのはお皿にのったうさぎリンゴ。さっきたくさん食べたのにな。それとも来年がうさぎ年だからかな。
「たくさん買いすぎたみたい。年が明ける前にたべちゃってだってさ」
 ボクの考えていることがわかったのかお姉ちゃんはそういって笑った。
 草薙皐月(くさなぎさつき)。ボクも通う私立桜高等学校の生徒会書記で学校じゃ姉御の名前で通っている。通り名が指すようにさばさばしてて、男女問わず、というか女子生徒の人気者。それはこの、くったくのない笑顔だからかな。
 でも。
「お姉ちゃん、さっきの写真ってなーに?」
 掃除の時から気になってた。みんな笑ってるのにお姉ちゃんだけ表情が硬い。こわばってるというよりも緊張してるみたいだったし。
 質問をぶつけると、お姉ちゃんはたいしたことじゃないよって苦笑した。
「あたしの一つ前の生徒会よ」
 いつの間にか壁に貼られていた写真を指ではじきながら、お姉ちゃんは話を続ける。
「一つ上に幼なじみの先輩がいてさ。優しくてカッコよくて、いわゆるみんなのあこがれの的だったわけ。そんな人だからあっという間に生徒会役員に選ばれちゃって。あたしも顔見知りだったから友達とよく生徒会室に遊びに行ってた。本当によくしてもらったんだよ。そして」
 そこでいったん言葉を区切ると視線を窓の外に移す。でもそれはほんの少しのこと。咳払いをするとお姉ちゃんは話を続ける。
「その生徒会役員の先輩達も今じゃ卒業しちゃってさ。卒業前にみんなで写真撮ろうってこうなったわけ」
 それでお姉ちゃんにしては表情がぎこちなかったわけか。
「あたしもいつか、ああいう人達みたいになれたらなって」
「ボク、今のお姉ちゃんも充分カッコいいと思うよ」
「あんたのカッコいいとはなんか違うけどね」
 でもありがと。そう言ってお姉ちゃんは笑った。
 お姉ちゃんはボクより二つ上の17才。ボクが入学するまでの二年間、お姉ちゃんは桜高(私立桜高等学校)で過ごしてきたわけで。その間にいろんなことがあったのかな。
 よくわからないけど、写真を見る瞳が真剣だったからそれ以上聞かないことにした。
 そうこうしているうちに、ゴーン、という音が耳にとどく。
「ねぇちゃん、あけましておめでとう!」
 年明けを教えてくれたのは扉を勢いよく開けて入ってきた弟の声。
「あんたまだ寝てなかったの?」
「『としあけはおまいりするまでおきてろ』ってゴセンゾサマが言ってた!」
 わけのわからない台詞を言った後、おまいりおまいりって騒いでる。よっぽど初詣に行きたいのかな。
「ねぇちゃんたちことしもよろしく!」
「諸羽、月臣、明けましておめでとう」
 兄弟達がそれぞれお祝いの言葉を口にする。
 だから、ボクもお祝いの言葉を言うんだ。
「みんな、明けましておめでとう!」


 そんな感じでボクらの一日は過ぎていく。
 新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
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