佐藤さん家の日常

その2

 明日、台風がくるらしい。
 大型で強い気圧の台風。夜中から朝方にかけてひどくなるとニュースで言っていた。よってほとんどの学校は休み、通行機関もストップ。俺の学校も例外なく午後から休校になった。
「植木鉢は?」
「小屋の中に入れて」
「これは?」
「玄関」
 早く帰れたからといって遊べるわけじゃない。物は飛んでくるし窓ガラスだって補強しておかないと割れることもある。と言うわけで、俺は母親と台風の準備をしていた。
「台風って嫌ね。来なかったら来なかったで困るけど、直撃は嫌よね」
 佐藤秋子(さとうあきこ)。俺と春の母親で兼業主婦をしている。黒くて長い髪を一つに束ね大きな壷を運ぶ姿はとても40歳には見えない。
 ……壷?
「それどうしたの」
「御母さんからもらったのよ。新しい漬物でも作ろうかと思って。外に置きっぱなしじゃ割れた時が大変よねぇ?」
 時々我が親ながら不可解な行動をする。だが同じような奴がもう一人いるのでさすがに慣れた。訂正。慣れざるをえなかった。
 壷は二人で小屋の中にしまうことにした。
「春は?」
「自分の部屋の片付けでもしてるんじゃない?」
 本来なら手伝わなければいけない奴がいない。おかしい。学校は同じ時間に終わったはずだ。
「困ったわねぇ。まだ物干し台片付けてないのに」
「……呼んでくる」
 ある確信をこめ、俺は春の部屋に向かった。

「春、入るぞ」
 念のため部屋の前でノックをする。
「春?」
 返事はない。これは本当に片付けをしているのか、それとも――
「…………」
 音をたてないようにしてドアを開ける。
 春はいた。コントローラーを片手にテレビ画面とにらめっこしていた。
 やはり俺の予想は正しかった。こいつが真面目に片づけをしているはずかない。しかも人が汗水たらして外の準備をしているにもかかわらずこいつはこうだ。
 問答無用で春の頭を足蹴にする。無防備だった奴は当然顔を床にぶつけた。
「うわ、今なつくん蹴った?」
 鼻を押さえながら恨めしげにこっちを見る俺と同じ顔の男。こいつは佐藤春樹(さとうはるき)。佐藤家長男で俺の兄にあたる。ただし三分差だけど。
 俺、佐藤家次男の夏樹(なつき)と春は俗に言う一卵性双生児。外見だけはよく似てるらしい――が、そんなことどうでもいい。仮にも長男なら仕事しろ。長男でなくても仕事しろ。とにかく、
「そんなことしてる暇があるなら手伝え」
 そう言うと口をとがらせてこの台詞。
「えー、まだセーブしてない――」
「電池買ってこい。あとロウソクも」
「……わかりました」
 冷たい視線を送ると春はすごすごと部屋を出ていった。


「おまえ、手伝う気ある?」
「あります」
 雨戸を閉めて物干し台をたおして。
 力仕事はさすがにお母さんにはきつい。だから全面的に俺がやっているものの、春といえば鼻歌交じりで窓ガラスにガムテープをはっている。この差は一体何。
「ただいまー」
「あら、お父さん早かったのね」
 作業着姿の中年の男にエプロン姿の母親が笑顔で出迎える。
「うん。明日台風が来るみたいだから早めに切り上げてきた。明日はお休みだってさ」
 佐藤冬樹(さとうふゆき)、43歳。佐藤家の家長、俺と春の父親、お母さんの夫になる人。
 ここまでくるとわかるだろう。佐藤家は家族そろって四季ぞろい。本当に安直なセンスの家系だ。もし三人目が生まれたらどうするんだろう。また『春』がつくのか、それとももう一巡りということで『冬』がつけられるのか。どちらにしろどうでもいい話か。
「片付けしてくれてたんだ。ご苦労様。あれ春樹くんは?」
 我が家の父親はなぜか丁寧口調で物事を話す。どうも昔からの癖らしい。言っておくが某極悪人ではない――はそう言ってキョロキョロあたりを見回した。
「中でガムテープはってる。あいつ手伝う気0だから」
「そう。夏樹くんもご苦労様」
 笑うとお父さんは家の中に入っていった。
 佐藤家の母親と長男(特に後者)は時々意味不明、破天荒な行動をとることがある。このへんは母親の家系から遺伝してると言われてるが実際は定かではない。それを『秋子さんだから』、『春樹くんだから』とあっさり納得してしまう父親は寛大なのか、それとも別の何かがぬけているのか。
 この一家を見てつくづく思う。俺がしっかりしなければと。


 翌日。予報通り台風はやってきた。
 雨と風。片方だけならなんとかしのげるが両方くるとたまらない。二、三時間で通り過ぎるかと思いきや停電までしてしまった。
 かといって何もすることもない。仕方ないからベッドに横になること数分。
「なつー」
 間延びした声とともに春が入ってきた。ちなみにノックはない。こいつはこういう奴だ。
「何」
「ほらアイス」
 なんでこんな時に、とは思うものの勿体ないから素直にアイスとスプーンを受け取る。
「母さんが昨日買い占めすぎたってさ。だから溶けないうちに食っとけって」
 確かに今は停電中。このままだとまずい状況になるよりは胃の中で消化した方がいいだろう。台風前に物を買い占めるのも充分に考えられることではある。
 だからってアイスを買い占める必要はないのでは。でもあのお母さんだからな――と妙に納得してアイスを食べる。
「父さん達も食べてる。あと牛乳パックと卵はクーラーボックスに入れてきた」
「……一体いくつ買ってきたんだ」
「牛乳四本に卵二パック。買ってきたの僕ね」
 なんでも牛乳と卵が切れてることに気づいたお母さんが乾電池を買いにいった春に頼んだらしい。
 おまえも何故そんなに買ってくる。台風で買い占めるならカップ麺だろ。そう言ったところでどうにもならない。父親の言葉を借りれば『秋子さんだから』『春樹くんだから』だし。仕方ないから二人もくもくとアイスを食べる。
 停電の灯りの中アイスを食べる兄弟って一体。ふと頭をよぎるも考えないことにしておく。もう一つよぎった考えはしっかり頭にとどめておく。やはり俺がしっかりしなければ。
「懐かしいよなー」
 アイスを食べ終わると春がつぶやいた。
「何が」
「停電。ほら昔もひどい台風あったじゃん?」
 ああ、小学校の時か。確かにあれはひどかった。窓ガラスがわれたくらいだからな。
「怖かったからなつくんが僕の部屋に来てさぁ」
 その頃はまだ部屋は二人で一つだった。しかも怖いと言い出したのは春の方だ。
「ロウソクの灯りをたよりにばば抜きしてたよなー。あれは微笑ましかった」
「ろうそくじゃない。途中で懐中電灯に変わった」
「そうだっけ?」
 付け加えると『あんた達何やってるの!』と母親に叱られ、まあまあと止めにはいった父親。『ろうそくだから危ないんだ。せっかくだから皆で楽しもう』と巨大な懐中電灯を中央に置き、世にも奇妙なトランプ大会が繰り広げられた。
「なんだ。なつくんちゃんと覚えてるじゃん」
「あんな光景忘れない方がおかしい」
 あの後他の家にも聞いたけどそんなことをしていたのは我が家だけだったらしい。
「あと寝る前に将来の夢とか話したりしてさ。初々しかったよな」
「……そんなことした?」
「ひっどーい! あの夜を忘れたの!?」
 どんな夜だ一体。またもやおネェ言葉になる春を見て、頭をひねってみるも全く思い出せない。よほどひねりすぎたんだろうか。しまいには『そこまで深く考えなくていいから』と春にたしなめられてしまった。
「僕もなつくんも歳をとったわけだし。それなりにしっかりしないとねってこと」
「それなりにじゃなくてちゃんとしろ。すぐしろ。今しろ」
 そう言うと『なつくんのいけず』とすねた。……おまえは小学生か。
 とはいえ。こいつもそれなりにだがちゃんと考えているらしい。それがわかっただけでも少し安心した。
「あ」
「今度は何」
 春が黙って上を指す。停電はもう直っていた。
「ガムテープはがしてこなきゃ。あれ早くはがさないとベタベタするんだよねー」
 そう言うと空になったアイスの箱をゴミ箱に入れ部屋を出ていった。
 俺といえば『あの夜』とやらを思い出そうと色々考えて、やはり思い出せず、とりあえず寝ることにした。

 そんな感じで我が家の一日は過ぎていく。
 翌日。佐藤家の食事は卵と乳製品が大半を占めていた。いくら台風だからってなんでもかんでも買い占めるのはどうかと思う。
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