佐藤さん家の日常

01. セーラー服はどこにいった?

 俺とあいつは兄弟だ。そんなことは十七年前からわかっている。
 俺とあいつは双子だ。そんなことも十七年前からわかっている。
 でも、理解はしていても納得できないことは世の中にはたくさんあると思う。たとえば一年前の入学式の時だって――
「……は」
 あいつの言葉に俺は目を点にした。
「だからぁ、セーラー服。いったいどこに消えてしまったんだー!」
 どうやら聞き間違いではなかったらしい。
 返事の代わりに冷たい視線を相手に送る。
「あの清楚(せいそ)なかんじがたまんないんだよな。古来から続く奥ゆかしさというかさぁ」
 でも相手はそんなこと全く気づいていない。左右前後をせわしなく見ているも、周りにいるのはブレザー姿の女子と学ランの男子生徒のみ。
「近頃の女の子はスカートの丈が短すぎます。僕としては嬉しいかぎりですが、純情可憐な姿もまた捨てがたい。ああ、僕はどうすればいいんだ!」
 この様子だと、周りから聞こえる忍び笑いにも気づいていないんだろう。しかも、あいつの発言は明らかにむっつりすけべだ。
「俺はどうしてこんな場所に、こいつと一緒にいるんだろう」
 校門の前で生まれてから何度となく繰り返された言葉を吐くと、俺は深々とため息をついた。

 佐藤夏樹(さとうなつき)。私立高校に通う高校生だ。
「セーラー服っていいよね。あの純情可憐なものごしがまた。なつくんもそう思わない?」
「思わない」
 さっきから馬鹿なことを言っているのは佐藤春樹(さとうはるき)。名前からわかるように、俺の兄弟でしかも双子、かつ不本意なことに兄にあたる。
『なつくんさぁ、高校どこ受けるの?』
 春樹がそう聞いてきたのは中三の春。
『桜高校』
『私立なんだ。あそこって競争率高くない?』
『だからこうして勉強しているんだろ』
『なつくんは真面目なんだねぇ』
『そう思うならちゃんと勉強しろ。春こそどこ受けるんだ?』
『内緒♪』
 志望校を春に教えたこと。今思えばそれが間違いだった。

 認めたくないが、春のここぞという時の集中力はすごい。
 あれから数ヶ月の猛勉強の末、春は高校に合格した。
 そう。佐藤春樹は実力で私立桜高校に合格したのである。
「もしかしてなつくんブレザー派? 通だね」
 いまだに女子高生に視線をおくる春。まさかとは思うが制服が目当てで高校受験をしたのでは――とは考えたくない。
「どっちでもいいだろそんなこと」
「なつくんがつれない」
 が、この態度を見るとあながち間違いだとも言いきれない。そもそも俺は、よほど見苦しくないかぎり服装のことは気にしない。ブレザーだろうがセーラー服だろうが、そんなの学校に任せればいいだけのことだ。
「ねぇ、なつくん」
「いい加減しつこいぞ。春」
 なおもいいつのろうとした春を視線でさえぎる。
「俺はちゃんと目的があってこの学校に入学したんだ。春とは違う!」
 荷物をつめていた鞄(カバン)が音をたてて地面に倒れる。でもそんなことは気にしていられない。
 他の奴はどうだか知らないが、俺はちゃんと理由があって高校に入学した。いくら兄弟とはいえ四六時中つきまとわれたら誰だってうんざりする。
 春はそんな俺の話を黙って聞いていた。
「だってさ。つまんないじゃん」
 一言も口をはさむことなく話を聞いて、つぶやいたのはこの一言。
「なにが」
「高校くらい一緒でいいでしょ。いつかは離れ離れになっちゃうんだしさ」
 そんな当たり前のこと、今さら言うんじゃない。
 とは素直に言えなかった。春の表情があまりにも寂しそうだったから。
「弟なんだからさ、たまにはお兄ちゃんのわがままに付きあえよ」
 いつもそうだ。春はなにかにつけて兄貴ぶりたがる。
『弟なんだから黙ってお兄ちゃんのいうこと聞いていなさい』
『お兄ちゃんは弟を守るものなのデス』
 年の離れた兄弟ならいざしらず、同じ日に生まれた奴には言われたくない。
 とにかく強引でマイペースで。でも悔しいことにそんな春は嫌いじゃなかった。
「……夏樹?」
「入ったものは仕方ないだろ」
 落ちたカバンを拾い、春に渡す。
「兄弟だろうが他人だろうが、受験するのは個人の自由だろ。実力で通ったんだ。俺が文句を言う筋合いはない」
 それに、本当は心細かった。ほんの少しだけだけど。
 とは絶対に言わない。そんなこと言ってもつけあがるだけだということは充分わかっている。
「合格おめでとう。頑張ったな」
 考えてみれば春にこんなことを言ったのは久しぶりだ。言えば必ずといっていいほどの過剰な反応が返ってくるから。
「なつーーー!」
 こんなふうに。
 バタッ。
 再びカバンが地面に落ちた。かけていた眼鏡も落ちた。
 誰かに聞きたい。どうして俺は地面に倒れているんだろう。
 誰かに聞きたい。どうして俺は入学式当日からこんなに注目を集めているのだろう。
(男が男押し倒してるぞ)
(きれいな顔してやるーーっ!)
(今年の一年生ってすごいな)
 周りからある声ない声が聞こえる。言っておくが、俺にはそういった類の趣味はまったくない。万が一、可能性としてあったとしてもこいつだけは絶対に嫌だ。
「春樹」
「何?」
「お前には周りが見えているのか」
 感情を押し殺した声でそう言うと、落ちた眼鏡をかけなおす。春もようやく体勢をたてなおし、周りを見る。
 周りはみんな固まっていた。学校の生徒はおろか、通りすがりの老人まで。
「えーと」
 春が手をふると、なぜか拍手がおくられた。どういう意味の類かは想像にお任せする。
「……なつくんも手ふってみる?」
「絶対嫌だ」
 カバンを投げつけると大またで学校の門をくぐる。
 前言撤回。どうして学校受かった春。入学式当日から目立ってどうする。
「佐藤……だよな」
「さっき押し倒された人ってお兄さん?」
「赤の他人」
 おそらく同じ組になるであろう生徒にそう言うと、机の上に荷物を置く。
「でも同じ顔――」
「他人だ」
 にらみつけると、そいつはおろか同級生全員が息をのんでいた。
 高校生活も、きっとあわただしい日々になっていくんだろう。
 漠然と、けれども確信に近い思いを胸に俺は教室の机に座った。

 そんな感じで俺たちの一日は過ぎていく。
 あれからはや一年。俺の高校生活はこうして始まった。
 春の高校生活もこうして始まった。
 どうして俺はこいつと兄弟やっているんだろう。佐藤夏樹、最大の謎である。
Copyright 2005 Kazana Kasumi All rights reserved.

このページにしおりを挟む

ヒトコト感想、誤字報告フォーム
送信後は「戻る」で元のページにもどります。リンク漏れの報告もぜひお願いします。
お名前 メールアドレス
ひとこと。