佐藤さん家の日常

その7

 今の今になってようやく出番。しかも前から一年以上たってるときたもんだ。
「ここまでくると、あたしきっと忘れられてるわね」
 人知れずため息をつく。
 しかも今回は冬じゃなくて夏ときたもんだ。季節感、徹底的に無視してるよな。いくらサ○エさん形式とはいっても時間枠どう説明するんだよ。言ったところでどうにかなるわけじゃないけど。
「お姉ちゃんどうしたの?」
 なんでもないと片手をふると妹は『そっか』と行ってしまった。
 草薙皐月(くさなぎさつき)、今日はお盆です。とは言ってもうちが本家だから親戚が我が家に集まるだけだけど。
 ご先祖様に御参りをして、親戚が集まって。正月と違うのはお年玉がないってことくらい。
『食事ができる前に先に行ってきなさい』という母上のお達しがあったので、二人を連れ先に向かう。
 平坦な田舎道。片道十分だから歩くのもさほど気にならない。
 のびかかった髪が首筋にはりつく。気温も35度の炎天下。夏場はこれだから大変だ。いっそのことショートにもどすべきか。
「どうした?」
 いつの間にか諸羽(もろは)が目前にいた。どうやら足を止めてたらしい。
「前から思ってたけどさ」
「うん?」
 まだ染めたことのない黒のショート。短い髪を近づけると妹はとんでもないことを言いだした。
「お姉ちゃんってもしかして好きな人いる?」
「なっ!」
「だってさ。髪気にしてるみたいだったから。
 前にも言ってたじゃん。のばそうかなって。もしかしたらって」
「何言ってんのよ。そんなわけないじゃない」
 条件反射で反論してしまうのが我ながら情けない。でも、幼い頃から体にしみついてしまった習性は簡単には消えてくれなくて。
「そういうあんたはどうなのよ」
 反論すると妹は『なーいしょっ』と元気な声を返してきた。
 わが妹ながらなかなかあなどれない。ただの元気っ娘かと思いきや、たまに核心ついてくるんだよな。
 心当たりがないと言ったら嘘になる。諸羽が指摘したことは正しい。
 髪のばせば少しは女の子らしくなれるかと思ったんだけど。効果は悲しいかな。まったく無きに等しい。
「ねえ諸羽。あたしも少しは――」
「それよりもお姉ちゃん」
 聞いてないし。
「ボクこれから出かけるんだ。月のこと、お願いしてもいい?」
 足元を見ると。
「おまつりいきたい!」
 二人のうちのもう一人が足元にくっついていた。


「おまつりー」
 ぱたぱたと動き回る様は、あたしから見ても可愛い。
 家にもどって親戚にあいさつして。弟に半ばひっぱられる形でここまで来てしまった。
「さつきねぇ、あれかって」
 小さな指が示したのは屋台の一角。そこには綿菓子が売られていた。
「いいけど。つきが欲しいってことは、るぅも」
「ほしー」
 だよな。
 地元の夏祭り。出かける代わりに要求されたのは子ども達の世話。親戚の子ども、つまりは従兄弟は五人。でも大人が付き添ってないといけないのは弟ともう一人。他は小さすぎて家から出れないし、大きすぎる方は祭り自体に参加しない。
「まっしろー。ふわふわー」
 いいよなぁ。無邪気で。子ども用の浴衣がよく似合ってるよ。
 二人にならい今回はあたしも浴衣を着てみた。藍色のシンプルなやつ。『たまにはいいでしょ』と両親に手渡されて、断る理由もなかったからそのまま着てしまった。
「皐月ちゃん、今日はお母さんなんだ」
「お母さんは余計」
 すっかり顔なじみになった屋台のおじちゃんにお金を渡す。
 子どもの体力はあなどれない。金魚すくいにはじまり射的にりんご飴。屋台の数があればあるほど行動範囲も広がっていく。
「こんどはこっちー」
「はいはい」
 学校では姉御でも家じゃ子どもに逆らえない。ほっといたら何をしでかすかわからないってのもあるけどね。
 それにしても風物詩とはいえ浴衣だと歩きにくい。やっぱり普通の格好がよかったかもな。
 そんなことを考えてると小さい手にすそをひっぱられた。
「さつきねぇ。つっきーは?」
「……え?」
 弟がいない。
 右を見ても左を見ても。ここにいるのはあたしと従兄弟だけ。
「月臣!」 
 諸羽もだけど弟もよく迷う。奇跡的にあたしには受け継がれなかったけどその代わりに二人の首根っこを捕まえる役になってしまった。なんでもあたしの家系は曰くつきで、なぜか大半が方向音痴だったらしい。
 という話は置いといて。
 本当にいない。子どもだからそう遠くに行っちゃいないんだろうけど、人もそこそこいるから捜しにくいったらありゃしない。
「つっきー、きえちゃった。どうしよう」
「消えてない」
 涙ぐむ従姉妹に苦笑い。同じ年頃の男の子がいなくなったのが不安みたい。こういうとこはまだまだ子どもなんだな。
「迷子になってるかもね。るぅ、着いてこれる?」
 こくんとうなずく従姉妹の手をとって通ってきた道を逆もどり。これがまた一苦労なんだけど身内のことだから仕方ない。
 りんご飴、射的、金魚すくい。えとせとらえとせとら。捜すのもだけど歩くだけで疲れちゃう。
 本当に子どもの体力はあなどれない。もう一周、屋台めぐりをしようか考えていると。
「さつきねぇ!」
 弟はなぜか、あたし達の後ろにいた。
「ふたりともおそいもん。まちくたびれちゃった」
 待たせたのはそっちだろーが。と言ったらまずいよね。さすがに。
「しかたないなぁ。やっぱりぼくがしっかりしなくちゃ」
「あんたね」
 こいつには迷ったという自覚すらないのか。
 脱力しかけたその時、降ってきたのは男子の声。
「先輩の弟だったんですね」
 初めてではないそれに視線を向けると。
「佐藤?」
「買い物のついでにちょっと」
 右手にはコンビニ袋。そういえば神社はコンビニのすぐ隣だった。そして左手には。
「おにいちゃんにかってもらった!」
 弟のそれがしっかり握られている。弟の手には赤い水風船があった。
「買ってあげることになりました」
 憮然とした面持ちで返す佐藤。我が家の弟は見かけによらず、なかなかしっかりしていた。
 で。
「ごめんね。買ってもらっちゃって」
 どういうわけか。あたしは佐藤と同じ道を歩いている。正確には弟のお願いに佐藤がしぶしぶ付き合ってくれてると言うべきか。
 水風船を買ってもらったことが嬉しかったらしく、ずっと離れなかったのだ。
「百円くらい俺だって持ってますよ」
 二人の高校生の目前を歩くのは二人の子ども。あの後あたしだけでなく佐藤もなぜか連れまわされてしまった。
「先輩も大変ですね。受験勉強の合間に兄弟の世話なんて」
「別に嫌じゃないけどね」
 そりゃへとへとにはなったけど。
「損したこともあるけどさ、意外と悪かないよ?」
 と言うよりも性分なのかな。
 困ってる人を見ると放っておけないわけじゃないけど、なんか嫌なんだ。目の前でうろちょろされるより、一緒になんかしてやったほうがてっとりばやくていい。
 だめだ。あたし根っからの長女だ。根っからの短気かもしんないけど。
 それから二人、たわいのない話をした。
 夏休みの課題の進み具合、家での過ごし方などなど。
 家の前に着いた頃、あたりはすっかり暗くなってた。
「めがねのおにーちゃんばいばい!」
「……ばいばい」
 弟の声に片手をふる佐藤。どこからどう見てもぎこちない動き。
「俺、子どもには眼鏡しか特徴がないんですね」
 ついでのらしからぬ発言に思わず吹き出してしまった。
「何ですか」
「別に」
 ここで笑っちゃ悪いだろ。とわかっちゃいるものの。一度ツボにはいったものは簡単にはおさまっちゃくれない。
「『別に』でそこまで笑わなくても」
 心なしか、ふてくされたような気がするのもなんかおかしい。だってあの佐藤がだよ? クールな、悪く言えば冷たい感じのする男がだ。子ども相手にうろたえるはどう考えてもミスマッチだ。もっとも子犬を助けた時点で冷たくはなかったかもしんないけど。
 ようやく笑いが収まった頃、急に顔が近づいてきた。
「浴衣」
「え?」
 何をされるのかと身構えると。
「可愛いですね。似合ってます」
 時が止まった。
『じゃあこれで失礼します』頭を一度下げると、あいつは礼儀正しく帰っていった。
 肩についたごみを取ってくれたんだとわかったのはずいぶん後になってからのこと。浴衣をほめられたのはわかってる。それでも可愛いと言われたのは事実で。
 あたしといえば。『ありがとう』とか『またね』のひと声もかけられず。
「……ふいうちはやめろ」
 動悸を抑えるのに精一杯だった。


 そんな感じであたしの一日は過ぎていく。
 草薙皐月。とりあえず、来年も浴衣を着ることにしよう。
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