SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,37  

「シーツァンってどんなところ?」
 馬車の中でまりいはショウに尋ねた。
「カザルシアと凛(リン)の間にある村。そこに入ればカザルシアは終わり」
「リン?」
「国境沿いなんだ」
 それだけ言うとショウはいつものごとく視線を正面に向ける。これ以上聞くのは無理と判断したまりいは、代わりに数刻前の兄弟の会話を思い出す。
 シーツァンに行けばあの人が力になってくれる。ユリはそう言っていた。『あの人』とは一体誰なのだろう。『それでいい』とはどういうことなのだろう。
(聞きたいけど、訊いたらいけないよね)
 これはショウ自身のことだ。余計な詮索はしないほうがいい。自分にだって聞かれたくないことはたくさんあるのだから。
「もうすぐ国境につく。手続きは俺がするから……」
 そこまで言って、ショウはかぶりをふって言い直す。
「一緒に来い。これくらいはできないと後もやってけないだろ」
 少年の言葉に少女は大きくうなずく。
『自分の身は自分で守れるようになる』
 本当なんだ。彼はちゃんと自分を見ていてくれてる。私もしっかりしなきゃ。
 ここでちゃんと探すんだ。私が空都(クート)に来た意味を。
「シーナ?」
「行く。教えてショウ。どうすればいいの?」
 少しずつ。本当に少しずつだが、まりいは異世界に馴染みつつあった。
 凛(リン)はカザルシアの東に位置する国である。西のカザルシアほど大国ではないが、異なった文化を持つ国。
「なんだか江戸時代みたい」
 それがまりいの率直な感想だった。
 ショウやまりいのような服装をしている者はほとんどいない。着物と言うべきなのだろうか。男女問わずそれを身につけている。もっとも歴史の教科書のようにマゲを結っている者などいなかったし、服も動きやすいように改良されてはいたが。
「エドジダイ?」
「地球の教科書に載ってたの」
「地球……はお前の世界のことだったよな。教科書ってことは学校や授業があるのか?」
「うん。侍やあんな格好をした人達がいる時代のことって書いてあった」
「サムライ?」
 言葉の一つ一つに首をかしげるショウを見て、まりいは声をあげて笑ってしまう。以前は自分が聞いてばかりだったのにそれを少年がすることが可笑しかったのだ。むっとした顔の少年をよそに、まりいは話を続ける。
「凛ってみんなこんな感じなの?」
「ああ」
 表情を元に戻し、彼にしては珍しく視線をきょろきょろとさ迷わせる。ここまでくれば聞いてもいいだろう。まりいは隣の少年に尋ねた。
「『あの人』ってどんな人?」
「最近は顔を会わせてなかったからなんとも言えない。強いて言えば、背が高くて刀指してた」
「じゃあ、あんなかんじの人なんだ」
「あんなかんじの人?」
 まりいの指差す方向を見て、少年は絶句した。
 そこにいたのは一人の青年。刀を腰にさし、長い髪を一つにまとめている。買い物だろうか。店の前で店員と思わしき人物を話をしている。
「セイ……」
「え?」
「青藍(セイラン)!」 
 まりいが問いただす暇もなく。青年の下にショウは駆け出す。
 一方、声をかけられた青年は戸惑いの声をあげていた。
「ええと、君は?」
「俺だよ。ショウ・アステム」
「ショウ……ショウか!?」
 でもそれはほんの少しのこと。しばらくすると青藍と呼ばれた青年は人好きのする笑みをうかべる。
「本当にショウなんだな。久しぶりだなー。二年ぶりか?」
「一年半ぶり」
 青年の言葉にショウは苦笑しながら答える。
「元気だったか? 大きくなったなー」
「それ他の人にも言われた」
「でもこうして顔見せてくれると兄貴分としては嬉しいな。いっぱしの口利くようになりやがって。この」
「やめろよセイ!」
 少年達のやりとりを見て、まりいは別の意味で戸惑ってしまった。
 あの少年は誰なのだろう。自分よりも少し年配の男にしがみつくようにして話をするあの人は。まるで子供のようにじゃれあっているあの二人は。
「――ん? その子は?」
 青年がようやくまりいの視線に気づき声をかける。
「一緒に旅をしてる」
「へぇ。お前が女の子の連れなんて珍しいな。
 はじめまして。おれは青藍。こいつの兄貴分ってところかな」
 まりいに向かって陽気な笑みと共に青年は手を差し出した。
『ここで立ち話もなんだな。おれの家に来るかい?』
 青藍と呼ばれる青年の提案で、二人は彼の家に身を寄せることになった。
「改めて。おれは青藍(セイラン)。歳は19」
「……シーナです。歳は14になります」
 おずおずと差し出された紅茶を受け取りながら、まりいは青年をまじまじと見た。
 青みがかった灰色の髪に黒の瞳。歳のせいだろうか、自分達よりも幾分大人びた面差しに見える。そう、今カップを落とした少年よりも――
「……同じ歳だ」
「そういえばお前も14だったな」
 いったい私はいくつに見られていたのだろう。呆然とつぶやく少年の後ろ姿を見ながら、まりいはそんな思いにかられる。
 われたカップを片付けるショウを見た後、青藍はまりいに尋ねた。
「あいつと旅していてどうだった?」
「普通だと思いますけど……」
「腕はたつんだけどな。妙なところで穴が空いてるんだ。思い込んだら一直線みたいだろ? あいつ。だから時々手綱を引っ張っておかないと危ない」
 先日のやりとりを思い出し、まりいは笑みを浮かべた。確かに今までの行動を思い返してみればそのようなことが何度かあった。さすが少年の兄代わりを自負するだけある。
「じゃあこれ知ってる? こいつって甘党なの」
「甘党?」
 思いがけない言葉に少女は半信半疑と言うように、青年は嬉々として少年を見る。ショウの方は話の種となっていることも知らず、黙々と床を掃除している。
「今と変わらない表情でケーキを黙々と食べてるんだよな。『うまいか?』って聞いたら『別に』って。でも手と口はしっかり動いてる。今度試してみなよ。きっとかじりつくぜ」
「だから、ユリさん差し入れにクレープ渡したんだ」
 またも先日のやりとりを思い浮かべ、まりいはくすりと笑みをこぼした。表情をみるかぎりそんな様子は全く見えない。だがまりいを記憶喪失だと思い込んだのも、丘の上でクレープを黙々と食べていたのも彼だ。
 もしかしたら彼は自分と同じただの人間なのかもしれない。
 当たり前と言えば当たり前の、だが彼女にとっては新たな発見を胸に、まりいは情報を提供した青年をかえりみた。
「青藍さん?」
「……ユリのこと知ってる?」
 それは今までと違う眼差しだった。
「この前会いました」
 レイノアでのユリやショウと同じ表情。三人には何があるのだろうか。
「元気そうだった?」
「はい」
 視線に押されてこくこくうなずくと、彼はほっとした顔になった。
「その姉貴から話を聞いてここに来たんだ」
 振り返るとそこには新しいカップを手にしたショウがいた。
「つもる話をしよう」


 夜も遅い。まりいが眠りに着いたころ、ショウと青藍(セイラン)は話をしていた。
「フロンティアを探してる……か」
 苦笑すると、青藍はショウの顔をのぞく。
「ずいぶん大きく出たな」
「俺もそう思う。雲をつかむような話だし」
「おれが言ってるのはそっちじゃないよ。お前よく引き受けたな」
「勅命だったから」
「それだけか?」
 青藍の真剣な眼差しに、今度はショウが苦笑する番だった。
「……俺、もしかして顔に出やすい?」
「普通の奴だったらわからないだろーな。おれだからわかったんだ」
 元々ショウはそれほど感情を表に出す方ではない。だが今の彼は間違いなく十四歳の少年そのものだった。
「この前も似たようなこと言われた。親父の背中をいつまでも追い続けるのはどうかって。
 私情をはさんでるつもりはないんだ。でも親父の進んだ道を見てみたい。……やっぱり私情だよな」
 それは彼の本心だった。少なくとも、まりいの前では見せなかった表情。弱音を吐き出してしまうのは相手が兄と呼べる人だからだろうか。
「その歳で気持ちの整理がついてる奴の方がおかしいぜ? だからおれを頼ってきてくれたんだろ?」
 そう言って青藍は弟と呼ぶべき少年の肩をたたいた。
「姉貴が言った。シーツァンで自分の名前を出せって。だから……」
「それでもおれは嬉しいよ」
「ごめん。セイ兄」
 まるで叱られた子供のような態度をとるショウに青年は目を細めた。
「その呼び名も久しぶりだよな。それで、シーナちゃんとはどこまでの仲なんだ?」
「セイ兄!」
 そんな会話がなされていたなど、まりいには知る由もない。
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