SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,55  

「あなた、だぁれ?」
 少女の問いかけに、まりいはおそるおそる答えた。
「私はシーナ」
「シー……ナ?」
「うん」
 気を抜けばすぐにでも閉ざされてしまいそうな空色の瞳。だがその表情はどこか虚ろだ。
「あなたの名前は?」
 逆にまりいが問うと、少女は首を横にふる。
「それ、なぁに?」
「……ご両親は?」
「なぁに? それ」
 予想外の返事に、まりいは声を失う。
 歳の頃なら、まりいと同じ少女の部類に入る。その年齢で両親のことを知らないということは、あまりにも不自然すぎる。
「コウサ、おいで!」
 ふいに、少女が指笛をふいた。しばらくして現れたのは先ほどまで追いかけていた緋色の鳥。
「この鳥、あなたが飼っているの?」
「コウサをしってるの?」
 まりいの声に少女は顔を輝かせる。今度は眠っていたような、意識を取り戻したようなそんな瞳だった。
「その子が案内してくれたの」
 少女に頬ずりをする様を見ながら、まりいは少し前の光景を思いおこしていた。
『肩に緋色の鳥をのせて草原にたたずんでいた』
 栗色の髪の少年は、まりいと再会した時の様をそう語っていた。その少し前に、灰色の髪の少女と出会ったとも。
 ショウと再会した時、まりいにはその前後の記憶がない。陽の色の髪の少年と言葉を交わしたのは覚えているが、それからどうやってたどりついたかは全く記憶にない。ただ無意識だったのだ。戻らなければ。心配をかけている人のもとへ帰らなければならない、と。
「うん。わかった」
 鳥を肩にのせると、空色の瞳の少女はまりいに向かって笑いかけた。
「コウサいった。シーナがここまでつれてきてくれたって。シーナ、いいひと」
 会って間もない少女に好意を向けられ、まりいはどうすればいいのかわからず、ただその場に立ちつくすしかない。
「くすぐったい」
 まりいの目前で鳥とたわむれる少女。その姿にはどこかなつかしいものを感じさせられた。
『あたしは『まりい』の名前好きだよ?』
 それはかつて、まりいが子供の頃にそう言ってくれた人。
『あたしは雪がたくさん降っている日にここに来たんだって。よろしくね』
 それはかつて、まりいの初めての友達になってくれた女の子。
「……美雪ちゃん」
「ミユキ?」
 小首をかしげる少女に、まりいは苦笑する。違う。この子は美雪ちゃんじゃない。
 きっとこの子の髪の色がそう思わせたんだ。まりいはそう自分を納得させることにした。
 雪を模したような灰色の髪に、空をそのまま切り取ったような色の瞳。それらは、かつての友人の名前を思わせるにふさわしかった。
 だが、それはあくまで外見のみ。確かに美雪は目の前の少女同様小柄だったが、本物の彼女は活発だったし何より髪も瞳の色も黒だった。
「その鳥、コウサって言うの?」
「とりじゃない。コウサはコウサ」
 でも違う。
 美雪はもっとしっかりしていた。元気づけてくれることはあっても、このような表情をしたことは一度もない。
「あなたはここで何をしていたの?」
「うたってた」
「歌?」
「まよった。だからコウサのすきなうた、うたってた」
 道を教える?
「あなたは鳥の言葉がわかるの?」
「わからない。でもコウサのことはわかる」
 その後いくつかの質問をするも、知らない、わからないの言葉を繰り返すのみだった。
 この子、みんなと一緒にいた女の子だよね。
 話をしながら、まりいはふとそんなことを考える。フォンヤンで陽の色の髪の少年にさらわれ、ショウ達と再会した頃にはすでに彼女の姿があった。実際は二人が再会することができたのも、この少女がきっかけとなったのだが、まりいが知るはずもなく。まりいの中では、彼女はショウが連れてきた少し変わった女の子という認識しかなかった。加えて歌を口ずさんでいた時の光景を見ていなければ、それらが同一人物とも思いにくい。
「ねえ。あなたの名前教えて」
「なまえ?」
 再び名前を問うも、少女は小首をかしげる。
 質問の意味がわからない。まるで幼女のような反応を示す彼女に、まりいはずっと戸惑ってばかりだった。
「そう。あなたはみんなからどんなふうに呼ばれてるの?」
「なまえ……」
 少女が口を開こうとしたその時。
「ステア!」
 やってきたのは、先ほど別れたばかりの少年だった。
「ショ……」
 まりいが返事をするよりも早く。
「ショウ!」
 少年の名を呼び飛びついたのは少女の方。
 なぜか少年にじゃれつく――そうとしか見えなかった――雪色の髪を持つ少女を横目にしながら、まりいはつぶやいた。
「……ステア?」
「ショウがつけてくれた。ステア、この名前好き」
 少年が答えるよりも早く、答えを返したのは少女――ステアだった。
「つけてくれた?」
「それは――」
「ステア、なまえない。だからショウがつけてくれた。
 ステア、ショウすき」
 不思議な沈黙が流れた。
 少し前の、顔が赤くなるような気恥ずかしさとは違う。文字通り不思議な、不気味な沈黙。
 嵐の前の静けさ。そう表現するにふさわしい静寂にたじろいだのは、なぜか少年の方だった。
「ショウは何しにきたの?」
 まりいの声に、ショウは咳ばらいをすると慌てて答える。
「姉貴を呼びにいったんだ。そしたら今度はステアがいないって」
「だから捜しにきたんだ」
「こいつ、誰かみたいにほっとくとどこにいくかわからないからな」
「……誰かって、私のこと?」
「そんなこと言ってない――」
「うん。ショウ、シーナのことアイボウだっていってた。あぶなっかしくてほっとけないって」
 再び沈黙が流れた。
 今度は不気味なものではない。冷たい、ある意味恐怖すら感じる沈黙。それに再びたじろいだのも、やはり少年だった。
「だから、そんなこと言ってないだろ」
「アイボウじゃないの?」
「そうだけどそれとこれとは違うだろ」
 ショウが顔をしかめても、ステアは子供のような無邪気な笑顔をむけるだけ。
「ちがわない。ショウ、コウサといっしょ。だからステア、ショウすき」
「……は?」
 話せば話すほど大幅にずれていく会話に、ショウはこれ以上とない間の抜けた声をあげる。
 そんな二人を、まりいはただ静かに見つめていた。
「仲がいいんだね」
「そういうのとは違うだろ」
「うん。ステアとショウ、なかがいい」
 またもやずれていく会話に、まりいは静かな――底冷えのする瞳を向けた。
「邪魔しちゃ悪いよね。私、先にもどってる」
 きびすを返し、まりいは二人の元を後にする。背後から聞こえる少年の声は、聞こえないことにした。


 その後、まりいはずっと機嫌が悪かった。
「ショウ。これなぁに?」
「見てわかるだろ。斧」
 理由は明白だった。
「お……の?」
「獣をしとめる時に使ってる。武器がないとこっちがやられる」
 年長組に二人を呼んでこいと言われても、目の前にはこの光景。
「ショウ、たくさんのことしってる。すごい」
「普通のことだろ」
 目の前で会話を繰り広げているのは栗色の髪の少年と、雪色の髪の少女。二人が会話をする時間が長くなるに比例して、まりいの表情は険しいものに変わっていく。
「シーナ、どうしたの?」
 ふとステアに呼び止められ、まりいは慌てて笑顔を向けた。
「どうもしないよ」
「何かあったのか?」
「どうもしないって言ってる!」
 もしその場にテーブルがあったのならそれを叩きそうな勢いで、まりいは叫ぶ。ステアに対するものとは明らかに異なる反応に、ショウはがらにもなくたじろいでしまう。
「……何怒ってるんだよ」
「怒ってない!」
 絶対怒ってるだろ。
 そう反論しようとして、ショウは口をつぐむ。まりいの体から殺気のようなものが感じられたから。
 いや、殺気と呼ぶには程遠いかもしれないが、正か負かと聞かれれば明らかに負の部類に入る気配だった。だがその理由がわからない。
「もう少しで料理の仕度終わるから。二人はゆっくりしてて」
 口調とは全く伴っていない笑顔を向けると、まりいは足早にその場を去っていく。それは、ショウが今まで見てきた中で一番恐ろしい類のものだった。
 わからないから反論もできず。怖いから追いかけることもできず。
(なんなんだよ。一体)
 手だれの運び屋であるはずの少年は、胸中で深々と嘆息した。

「あら。あの子を呼びにいったんじゃなかったの?」
 ユリの問いかけをよそに、まりいは馬車の荷台に腰を降ろした。
 どすん、と大きな音が辺りに響く。
「何かあったのかしら?」
 再び問いかけ――つぶやきに近かったが――にも答えず、まりいは膝を抱えて丸くなる。
「シーナちゃん、どうしたの?」
 ユリ同様、青藍(セイラン)が声をかけようとして押し黙る。
 正確には、声をかけることができなかったのだ。背中が怒っている。それだけは明白だったから。
「おれ、火に油を注いだ?」
「そうみたいですね」
 青ざめる青年にユリは苦笑する。
 先日、ショウがステアを呼びに行ってからまりいの機嫌が悪くなったのは明らか。だからもっと話し合う機会があればと、彼が二人を呼んでくるよう彼女に頼んだのだった。まさかそれが悪化してしまうとは。
「まいったな。余計ややこしくなるとは思わなかった」
「男の子のことは男の子、女の子のことは女の子に限ります」
「……どういうこと?」
 首を傾げる青年に、ユリは微笑を浮かべた。
「わたしが話してみます。あなたはショウをお願い」
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