SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,63  

 ショウ・アステムは運び屋だ。
 運び屋とは、本来、要人の依頼を受けた人物が特定のものを調査したり運んだりする。場合によっては危険な場所におもくかないといけなかったり、依頼の品自体が物騒な場合もあるから、ある程度腕がたたないとやってはいけない。状況においては騎士よりも過酷な職業となる。
 そして彼の父親もまた、運び屋だった。
「わっ!」
 木の棒が飛び、子供が地面に尻もちをつく。
「どうした、もう終わりか? そんなんじゃあ、まだまだ父さんの手伝いはできないな」
「まだだっ!」
 子供は木の棒を拾うと声の主にくってかかる。
 声の主は栗色の髪を短く刈りこんだ男。どこにでもあるありふれた服を着ているのにもかかわらず、体躯からは常人にはない力強さが感じられる。男は子供を見て目を細めると、ゆっくりと片手を上げた。
 カラン。
 棒と、子供が再び地面にひれ伏したのはそれから間もなくのこと。
「今日はこれくらいにしとくか」
 再び顔をあげた子供に男は手を差し出した。
 男の名はアスラザ・アステム。まぎれもないショウの父親である。
 子供の名はショウ・アステム。今でこそやや無愛想な少年も、当時は人並みに可愛らしい一面を持った子供だった。それは少年がまだ六歳の頃のできごとだった。
「やっぱりお父さんはつよすぎるよ」
 父親の腕をとりながら、ショウは口をとがらせた。
「力もあって、いろんなこと知っててさ。おまけに『きし』なんだもん。ぼくがかなうわけないよ」
「『元』がつくだろ。現役を引退してどれだけたつと思ってるんだ」
「でもつよいよ!」
 なおも口をとがらせるショウにアスラザは苦笑した。
「誰だってはじめは弱いんだ。毎日こつこつと頑張っていけば強くもなるさ」
「でも、お姉ちゃんに勝てないもん」
「お姉ちゃんには天武の才能があるからなぁ」
 姉のユリも、八歳の頃から父親に武術を習い始めた。九年後、村一番の使い手となるのはまた別の話である。
 その途端、しゅんとショウはうつむく。
「じゃあどれだけがんばっても、ぼくがかなうわけないじゃないか」
「ショウだってちゃんと頑張ってるだろ。父さんなんかすぐに追いこすさ」
「ほんとう?」
「本当さ」
 ごつごつした大きな手。黒の瞳からのぞくものはとても温かい。
 ショウにとって、アスラザ・アステムという存在は自分の父親であると同時に彼の誇りだった。

 村はずれにある一軒家がショウの自宅である。
 ショウの生まれ育ったレイノアは、カザルシアという大国の、かろうじて地図にのっているかいないかという小さな村だった。そして、彼の父親はカザルシアの騎士だった。
「父さん。どうして『きし』をやめたの?」
 何度となく繰り返される質問に、アスラザは苦笑する。
「母さんと出会ったからだって何度も言っただろ?」
「だったらここじゃなくてリネドラルドやミルドラッドにいてもよかったじゃないか。そこってとかいなんでしょ?」
 それは、ショウにとってずっと不思議に思っていたことだった。
 父親が騎士という仕事をしていたということは、小さな頃から周りに聞かされていた。この村で一番の名士だということも、物心つくころから聞かされている。
「ショウはこの村が嫌いなのか?」
「そんなことないよ!」
 レイノアは本当に小さな村だった。だがそれだけのこと。都会に比べれば多少不便はあるものの、慣れてしまえばむしろ暮らしやすい。だが、都会にはそれ以上にたくさんの人や物があるのだという。
「……ただ」
「ただ?」
 視線を合わせて続きを促すと、ショウは小さな声でつぶやいた。
「どんなところなのかなぁって」
 だからこそ、子供にとっては不思議だったのだ。父親がたくさんのものがある都会ではなく、片田舎のレイノアを選んだことが。
 息子のつぶやきを耳にすると、父親は破顔した。
「なんだ。結局は都会を見てみたいだけじゃないか」
「そんなことないよ! けんぶんをするのは『はこびや』として大切なことだって、お父さんいってたじゃないか!」
 騎士を辞めたアスラザは、レイノアを拠点に運び屋をしていた。要人や荷物を文字通り運ぶ仕事。持ち前の腕のよさと人柄もあり、彼はまたたく間に村一番の名士となった。
 やがて、二人は住みなれた家にたどり着く。出迎えてくれるのは三つ年上の姉と、姉によく似た母親――のはずだった。
「おかえり。久しぶりだな」
 だが、そこには来客がいた。
「ショウも元気だったか?」
 栗色の髪に青い瞳の男。旅装束に身を包み、腰には剣をさしている。
「うん! レインおじさんもひさしぶり」
 ショウが笑いかけると、おじさんと呼ばれた男はくしゃくしゃと彼の頭を撫でた。
「ギルドおじさんは?」
「今日は用事があってこれないんだと」
 肩をすくめるおじさんとは対称的に、ショウはあからさまと思えるほどがっくりと肩を落とした。
「あーあ。せっかく剣をおしえてもらおうとおもってたのに」
「おれが教えてもいいんだぞ?」
「だってレインおじさん、いっつもとちゅうでやめちゃうもん。つまんないよ」
 ますます肩を落とす子供に『わるいわるい』と再びくしゃくしゃと頭を撫で回す男。そんな二人にアスラザは視線をむけた。
「また急な訪問だな。都じゃ大騒ぎじゃないのか?」
「そうならないようにギルドを置いてきた」
 茶目っ気を含んだ笑みで片目をつぶる男に、アスラザは大きく息をついた。
「それは用事じゃなくて、用事を押しつけたというんだ。まったく、ギルドの苦労が思いやられるな」
「そう思うならこっちに来ればいいだろ」
「俺は現役をとっくの昔に引退したんだぞ?」
「だからここまで来たんだ」
 そう言うと、ショウから手を離し体ごとアスラザに向きなおる。
「話があるんだ。聞いてくれるか?」
 レインの表情は変わらなかった。二人と会った時と同じ笑顔。だが瞳の中に映るものだけは、先ほどとは違うものを含んでいた。
「それは、ここではできないことなのか?」
「できない」
 ならば、どうして父親の表情が険しいのか。どんなに考えても、その理由は子供にはわからなかった。
 ため息をつくと、アスラザはショウの肩を叩いて言った。
「長い話になりそうだ。ショウはユリと夕食の手伝いをしなさい」


「お父さんのお話終わらないわね」
 皿を用意しながら姉のユリがつぶやく。
「今日は何をしていたの?」
「剣の練習!」
「体術は習わないの?」
「それはお姉ちゃんがならってるもん。ぼくはぼくの道をいくんだ」
「子供が生意気を言うんじゃないの」
「お姉ちゃんだって子供だろ!」
 他愛もない会話をしながら皿に料理をもりつけていく。だがショウの心の中にはひっかかるものがあった。
 漠然とした不安。久しぶりに友人が遊びにきただけのはずなのに、なぜ父親の表情はけわしかったのか。いつも遊びにくるおじさんが、どうしてあんな表情をしたのか。
「ユリ、ショウ。来なさい」
 声がしたのはそんな時。返事をすると、二人は大人達の待つ部屋へ向かった。
「ユリちゃんも大きくなったなぁ」
 ショウの時と同様、レインがユリの頭を撫でる。その背後にはショウの父親と母親の姿があった。
 ティノア・アステム。ショウの母親である。茶色の髪に同じ色の瞳。姉に似た面差し――娘が母親によく似ているのだ――の彼女は柔和な笑みをたたえている。だが、今日だけはそれに別の色が含まれている、ショウにはそう感じられた。
「母さん?」
 母親の元に向かうと、彼女ははっと息子を見た。だがそれも一瞬のこと。柔和な笑みを浮かべると、子供達に席につくよう促す。
「これからお父さんがリネドラルドへ行くそうなの」
 母親からの思わぬ発言に子供達は顔を見合わせた。
「こいつが王都に来てほしいんだそうだ。一週間家を留守にするが、頼めるか?」
 こいつ――レインを見ながらアスラザが問いかける。
「友人の頼みなんでしょう? だったら私達のことは気にせず行ってきてください」
 穏やかに応える妻に、アスラザは近づき体ごと抱き寄せる。
「彼の者に幸福を。彼の者に祝福を。彼の者に――願いを」
 旅路の前の挨拶に、ショウは首をかしげた。
 運び屋という職業柄、アスラザが家に戻ってくることは少ない。早ければ三日以内、長ければ一ヶ月以上。会えないことは寂しいが、帰ってくると必ず自分と遊んでくれる。だから、笑顔で送り出すのだ。『いってらっしゃい。はやくかえってきてね』と。
 一週間という期日は普段に比べれば短い部類に入る。なのになぜ、母親はそんなことをするのだろう。
「お前達はどうする?」
 父親の声に、娘は首を横にふった。
「わたし、行かない。
 だってお母さん、家にいるんでしょ? だったらここで待ってる」
「そうか」
 そう言うと、アスラザはユリの頭の上に手を置く。ゆっくりと、愛しげに髪をなでながら、彼は息子に問いかけた。
「お前はどうする?」
「ぼくは……」
 ぎゅっと目をつぶり、ショウは考える。
「いきたい」
 リネドラルドに。
「『きし』がいるんでしょ? ぼく見てみたいんだ」
 父親が昔いた場所に。
 そんな子供の姿を大人達は目を細めてみていた。
「そうか」
 アスラザはショウの頭の上に手を置く。ユリの時とは違い、それは豪快で力強いものだった。
「明日は出発だ。ちゃんと寝ておくんだぞ」
「わかってるよ!」
 少し前に感じた違和感など、好奇心の前にはすぐにかすんでしまう。外を見れることが嬉しくて、子供はすぐに忘れていた。
 翌日、ショウは生まれて初めて村の外に出た。
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