SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,71  

 そこに舞い降りたのは全員がよく知る者だった。
 雪色の髪に夜空の瞳。忘れようにも忘れられるはずがない。少し前まで一緒に旅をしていた者なのだから。
 一つ違うとすれば、それはかもし出される雰囲気だろう。以前なら、まるで子供のような無邪気な笑顔をむけていたのに対し、今は幾分か引きしまって見える。その者の名は、
「ステア……」
「誰です? それは」
 唇からもれた名に、その者は否定の意を述べた。
 その者、少女の名はステア。ここにいる全員がよく知る人物、
「だって君、ステアだろ」
「我は汝(なれ)と話をしているのではない。主と話をしに来たのだ」
 ――のはずだった。
 青藍(セイラン)の呼びかけに耳を貸すこともなく。少女はまりいの目前に立つと肩膝をつく。
「お迎えにあがりました。我が主よ」
 淡々とした口調。その口調に以前のようなたどたどしいものは一切なく。だが、余計な感情が含まれることも一切なく。
「主って……私?」
 まりいのつぶやきに、雪色の髪の少女はうなずきを返す。
「これではわからぬも道理」
 そう言うと、少女は瞳を閉じる。
 何をするのかと尋ねる暇もなかった。
 雪色の髪は空の色へ。
 背中には雲のような純白の翼。
 瞳の色はそのままで。目の前にいる少女は空そのものだった。
「これで理解していただけたか」
 だが、目の前の少女はまぎれもないステアだった。
「我が名は風鳴(カザナ)。翼の民と呼ばれし者」
 そして、それを告げたのもステアだった。
 翼の民。それは聞き覚えがあるものった。
『ならば、扉を開きましょう。あなたに翼の民の祝福のあらんことを』
 この世界に来る直前に聞いた言葉。それが目の前の少女だというのか。
「迎えにあがりました。我が主よ」
 まりいの瞳を見つめ、夜空の瞳が同じ台詞を紡ぐ。
「どうして……」
「天使が主の下へおもむくのは道理。我は貴女(あなた)の守護天使なのですから」
「守護……天使?」
 聞きなれぬ言葉の羅列に、まりいは頭をかかえる。
「我が主はまだ目覚めておられぬ様子。これも人間といたからか」
 感情のない、色のない瞳。それが翼の民だというのか。まるで人形のようなふるまいをする者が、夢の中で語りかけていたあの声だというのか。
「共に参りましょう。空の娘である貴女がこのような場所にいていいはずがない」
 ふいに、自身を天使だと呼ぶ少女は手を差し出す。続けて紡ぎだされたものは、まりいにとって甘美な響きだった。
「ご自分のことを知りたくはないのか」
 知りたい。
 この手をとれば、自分のことを理解できるのだろうか。長年疑問に思っていたことから、苦しみや悲しみから開放されるのだろうか。
 手を取ろうとしたその時、
「あなたは何をするつもりなんですか?」
 硬直から一番に開放されたのはユリだった。まりいを背後にかばい、ステアの――風鳴の瞳をきっと見据える。
「あなたがステアなのかどうかはわからない。でもこの子に害をおよぼすつもりなら容赦しません」
「汝に問うているのではない。我は主に訊いているのだ」
 雪色の、今となっては空となった少女が片手を上げる。途端、無数の鳥が姿を現す。
 獣の群れが、まりい達に襲いかかる。
 まりいの目前まできたその時、
「前に言いましたよね。自分の気持ちを間違えないでって。
 それがあなたの本心なら止めません。でも、あなたは本当にそれでいいの?」
 獣の体に拳を当てながら、ユリが問いかける。
「おれだって何が起こってるかわからない。でも呆けている場合じゃないってのはわかるさ。
 まずは目の前の奴らをなんとかしよう。話はそれからだ」
 青藍の声に、まりいは青ざめながらも弓を構える。一体何が起こっているのか。問いかけても誰も答えてくれないし、答えられても今の自分では到底理解はできないだろう。ただわかることと言えば、それは降りかかる火の粉をふり払わなければいけないということだけ。
「お願い。力をかして」
 短剣をふりかざすと緑色の少女が姿を現す。
《汝はそれでいいのか》
 いいはずはない。だが、このままでいいはずもない。
 まりいが首を縦にふると、少女は無言で弓の姿に姿を変える。左手で弓を構えると、まりいは獣に向かって緑色の矢を放つ。
 一体、二体。三人の持つ武器は確実に相手をしとめていく。
 獣のくずれおちていく様を、かつての仲間は冷淡に見つめていた。
「邪魔だ。去れ」
 少女が片手をかざすと、そこには紅い光が生まれた。
 光の球がユリに向かって襲いかかる。
「ユリっ!」
 ユリに当たるよりも早く。まりいは彼女を突き飛ばす。同時に生じた鈍い痛み。視線をたどれば、そこには赤くただれた自身の左腕があった。
 彼女は本気だ。本気で自分達に攻撃をしようとしている。
「お願い。もうやめて!」
 痛む腕をおさえながら、まりいは声をはりあげる。
「なぜ人をかばう。貴女は空の娘ではないのか」
「急にたくさんのこと言われてもわからないよ。これ以上、私の仲間を傷つけないで!」
 嘘だと思いたかった。けれども痛む左腕が無常にも現実であることを物語っている。
「ステアにはたくさんの願いがあるんじゃなかったの? 自分の意思で抜け出したんじゃなかったの!?」
『ステアがステアでなくなっても、ステアのことおぼえていてくれる?』
 別れる前に彼女がつぶやいたもの。それは、こうなることを予想してのもだったのか。
 少女の瞳が以前のそれに戻った――ような気がした。
 だが、それはほんの一瞬のこと。
「いくら空の娘とはいえ、人間と馴れ合いすぎていたからか」
 投げかけられたものはとても残酷なもの。まりいを見据えると、風鳴は冷淡に吐き捨てる。
「こうなれば、一度消えてもらうしかなさそうだ。今の貴女などいらぬ」
 イラナイ
 それは、まりいがもっとも恐れていた言葉。
「……私、いらないの?」
 口からすべりでた言葉に彼女は首肯する。
「そうだ。汝のような脆弱(ぜいじゃく)な者など、誰も必要とはせぬ」
 それは、まりいの心をゆさぶるのには充分なものだった。

 なんで私は一人なんだろう。
 みんな、お父さんやお母さんがいるのに。
 なんで私は体が弱いんだろう。
 みんな、外で元気に遊んでいるのに。

 変わりたいって思っても変われないの?
 私はどこにいても一人なの?
 私は――いらない子供なの?

「姉貴、シーナっ!」
 声を聞いたのはそんな時。
『ショウ!?』
 どうして宿にいるはずの少年がこんなところにいるのか。
 理解しようとするよりも早く。少女の行動の方が早かった。

 それからの行動は一瞬で、だが永遠にも思えることだった。
 再び光球がまりい達に向かって放たれる。
 痛む腕にむちをうち、まりいは矢を放つ。
 紅い光と緑色の光ぶつかり、場を衝撃が襲う。
 負傷した体では身動きもままならず、わずかに体をずらしてもその後にあったのは――空。
 紅い光が焦げ茶色の髪の少女を直撃する。
「シーナーーーーっ!!」
 最後に自分を呼ぶ少年の悲痛な声を、まりいは耳にした。
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