陽のあたる場所で

BACK | NEXT | TOP

  04:海  

「世界を滅ぼす? それこそ無理があるだろ」
 何寝言言ってるんだ。こいつは。さっきの『神の娘』発言といいこの二人共あまりにもふざけすぎている。
「それが全く無理ってわけでもないんだ」
 トレイの上から皿を取り出しながらルシオーラが言う。
「『神の娘』っていうのは総称でね。見た目はその世界の住人となんら変わりない。身体能力だって普通のものと同じか少し上だってくらいだし。ただ、彼女達にしかできないことが一つだけある」
「できないこと?」
 視線で促されしぶしぶ皿を受け取る。皿の中身はスープだった。
「『天使』をつくること」
「天使って羽があって空を飛ぶあれ?」
 絵やテレビで見たことはある。頭に輪がのってて翼がある神様の使いかなんかのことだ。もっともつくれるものだとは思わなかったけど。
「君が考えているものとは少し違うけどそうとってもらってもいいかもね」
 今度は『飲め』と促され皿の中身をスプーンで一口すくう。数日ぶりに口にした食べ物は何の味も感じられなかった。
「天使ってのはわかった。でもそれと世界を滅ぼすのとどう関係ある?」
 これ以上は無理と判断したんだろう。ハザーが皿をトレイの上にもどす。
「天使とは正確には守護天使のことを指すんです。主を、神の娘を守る者。言うなれば主の願いを忠実に実行しれくれる人形ですね」
 ……なるほど。そういうことか。こいつの言いたいことがわかった。
「そいつって強い?」
「ええ。一瞬にして滅ぼすことができます。何もかもね」
 碧の目が怪しく光る。もう一人の男はあたし達を見つめるだけで一言も口を挟まない。それはこいつのことを黙認している証拠だ。
 あたしが本当に『神の娘』なんて代物なのかは知らない。けど目の前の男はどういう理由でかはしらないが滅びを欲している。要はその天使とやらの力を使って世界を滅ぼしたいってことか。……面白い。
「……わかった。手伝ってやるよ」
 やってやろうじゃないか。こんな世界滅びてしまえばいい。
 失敗したってかまわない。壊れてしまえばいい。世界も、目の前の男子も、あたし自身も。
「交渉成立ですね」
「言っとくけどあんた達のことを完全に信じたわけじゃないからな。あくまで一時的だ」
「かまいませんよ。俺もあなたのことは世界を滅ぼす以外は信用していませんから」
 青い目とあたしの黒い目が交差し不敵に笑いあう。
「よし。これでめでたく仲良し三人組が結成されたわけだ」
 なにをとちくるったのか藍色の髪をした男子が嬉々として二人の手をとる。
「この年で仲良しもなにもないでしょう」
「いいだろ? いくつになっても仲良きことは美しきかなだ。オレとアルと君……と。いつまでも『君』や『神の娘』じゃ変か。名前は?」
 そのままの表情で藍色の髪をした男子が言う。
「いいだろ。そんなの別に」
「よくないさ。名前がないと不便だろ? それともこっちでつけていい?」
「やめろ」
 そう言うとルシオーラは『つけたかったのに』とどこから本気か冗談かわからないセリフをはいた。
「……こ」
「うん?」
「海子。相沢海子(あいざわうみこ)」
 それがあたしの名前。
「海って大海原のウミ?」
「多分ね」
 それが忌むべき名前。
「ウミコか。いい名前じゃないか」
「やめろ!」
 手をふりほどくとルシオーラをにらみつける。何も知らないくせに!
「自分の名前が嫌いなんですか?」
「嫌いに決まってるだろ!」
 こんな名前、大っ嫌いだ。
「じゃあどう呼べばいいんです?」
 そんなことあたしのしったことじゃない。
 部屋の中に沈黙が流れる。
「海って地球の音読みで『カイ』って言うんだよね?」
 沈黙を破ったのはルシオーラだった。なんでそんなことを知ってるんだと聞くと『オレは博識だから』と笑顔でかわされた。
「なら決まりですね。カイ」
「……え?」
「あなたのとりあえずの名前です。呼び名がないと不便でしょうから」
「勝手に名前をつけるな」
「あなただって俺の名前を呼ばないでしょう? これでおあいこです」
 普通は呼ばない。ましてや初対面の相手を名前で呼び合うようなことは誰もしない。
「まずは傷を治すことですね。天使をつくれないことには意味がありませんから」
 こうしてあたしは空都(クート)と呼ばれる異世界で『カイ』という名前の神の娘になる。
BACK | NEXT | TOP
Copyright (c) 2006 Kazana Kasumi All rights reserved.