陽のあたる場所で
05:命につらなるもの
神の娘。
そいつになれば世界を滅ぼせるらしい。
正確に言えば、天使をつくりそいつを動かすことで世界を滅ぼせる。目の前の奴はそう言っていた。
「それで。天使とやらはどうやって作る」
傷もふさがりようやくまともに動けるようになったある日、あたしは間髪入れずに質問をぶつけた。
「そりゃあ、つくるって言ったら当然男と女が――」
「殴るぞ」
「――というのは冗談で。
簡単なことだよ。語りかければいいんだ」
胸ぐらをつかんで再度問いただすと、ルシオーラは諸手(もろて)をあげて応えた。
「語りかける?」
「そう。お願いするんだよ。自分の力になってください。協力してくださいって。それで相手の同意が得られれば契約完了。晴れて天使のできあがりってわけさ」
「他に条件は?」
三度目の問いかけに、男は笑みを浮かべたまま答えない。
だってそうだろ。世界を滅ぼす力。それだけの情報を与えておいて何もないってことはありえない。
「リスクがないのかって聞いてるんだ」
「馬鹿じゃないんだね」
「痛い目に遭いたいのか」
「女の子がそんなセリフ言っちゃいけません」
「女だなんて思ってない」
「だったらなんで髪なんかのばしてるのさ」
今度こそ本気で殴りかかる。けどあっさりとかわされ腕をつかまれる。
「前から思ってたけど。君ってさ、ことあるごとに女の子であることを否定してるよね」
紫の瞳が妖しくきらめく。
それはあたしの思いこみだったのかもしれない。けれど、目の前の男の言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
「髪の毛だって。こんなに綺麗なのに」
残ったほうの腕があたしの顔に近づく。髪をすかれ一房とられると、そのまま髪に口付けされる。
「もったいないよ。どこからどう見ても君って美人じゃないか」
「いいだろ。あたしの勝手だ」
あたしといえば視線をそらすのが精一杯で。
前から思ってたと言われれば、あたしだってそうだ。あたしはなんで、こいつに逆らえない。
ちゃらんぽらんなようで誘ってるようだと思いきや、瞳の奥には全く別のものが見え隠れしているような気がする。今だってそうだ。見ようによっては男女のそれに思えてもしかたないのに、あたしから言わせれば説教をくらっている――言い方を変えれば、諭されているような気がしてならない。
諭されている? 何をばかな。
なんで赤の他人にそんなことされなきゃならない。
「リスクと言えるかわからないけど。天使が天使としてずっと傍にいるくらいかな」
髪を離され口から出た言葉に眉をひそめる。
意味がわからない。天使ってやつはあたしを守ってくれるんだろ? だったらそれで問題ないじゃないか。
要はあたし次第ってことなんだろ。だったらそれくらいなんとかしてやる。失敗したところで失うものもないしな。
「説明は後から聞く。さっさとやろう」
「え? やるって男女のあれ?」
一つわかった。ルシオーラの軽口は徹底的に無視するに限る。
「世界を滅ぼすのにそんなものは必要ない」
だから。
「つれないなぁ。的外れでもないんだよ? なんたって君たちは天使を――命につらなるものをつくろうとしてるんだから」
ルシオーラの声は、真意は。
「――その方が、どんなによかっただろうね」
あたしの耳には届かなかった。
いいじゃない。やってやろうじゃないか。
神の娘は天使をつくりだしたんだろ? だったら作ってやるさ。その『天使』ってやつを。
「天使がどのようなものかわかってるんですか?」
「羽が生えてるんだろ? 神様のいうことならなんでもきいてくれるんだろ?」
「間違ってはいませんが……」
「だったらつべこべ言うな。世界を壊したいんだろ?」
声の主に悪態をつく。すぐさま反論があるかと思いきや、そいつはじっとあたしの方を見ていた。
「何」
「珍しい格好をしていると思いましてね」
ハザーの声に舌うちする。白のワンピース。こういったものはどこの世界にも存在するらしい。『神の娘ならそれらしい格好しなくちゃね』と無理矢理ルシオーラに押し付けられた。言いたいことは山ほどあったけど時間の浪費は嫌だったから、なされるまま着てしまった。
つかみどころのない男。そいつは目の前で歌を口ずさみながら地に図形を描いていく。
召喚の陣。そう呼ぶらしい。
「言葉を紡ぐんだ。精霊の契約はアルが覚えてるからそれに続けばいい」
「リザ、それは」
半ば言いかけたハザーをルシオーラが制す。目と目だけの短い会話。嘆息すると金髪の男は自ら陣の中央に立った。
こいつらと一緒にいるようになってわかったことがある。あたしがルシオーラに逆らえないように、ハザーもルシオーラに逆らえない。勝てない。
仲のいい男どものむさくるしい二人旅。ハザーの旅に気のいいルシオーラがしぶしぶつきあっている。そう思っていた。けれど実際は何か違う気がする。旅の目的だってそうだ。天使をつくって世界をほろぼすところまではわかった。けれどそんなことを目的に悠長に旅をしている二人は何者なんだろう。
「『我は神の娘なり』」
「われはかみのむすめなり」
ハザーにならって言葉を紡ぐ。
「『我が世界に眠りし者よ。意があるならばただちに眠りから覚めよ』」
「わがせかいにねむりしものよ。いがあるならば、ただちにねむりからさめよ」
ハザーの額にはうっすらと汗がにじんでいた。いけ好かない奴だけど、世界を滅ぼすってとこだけは本気らしい。
「『我は望む。汝と』……?」
陣に歩み寄り、ハザーの手に自分のそれを重ねる。ただの思いつきだった。志が同じならば、近くによったほうが伝わりやすいだろう。むこうもそれに気づいたらしく振り払おうとはしない。
二人の手と。
『我は望む。汝と共に在ることを』
二人の声と。
『我は、あなたに』
二人の意志が重なる。
『逢いたい』
そして。
光がはじけた。
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