SkyHigh,FlyHigh!

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  Part,41  

「ここがその場所?」
「そう」
 フォンヤンから離れること一時間。三人は洞窟の前にいた。洞窟と言っても、木々に囲まれた中に大人が一人ようやく入れるかくらいの穴が一つあるだけだが。
 周りにはそれ以外何もない。獣すらいない状況にショウは眉をひそめた。
「こんな場所、前からあったのか?」
「ここら辺の住人なら知ってる」
「入ったことあるの?」
「昔の頃はね。でも最近は行ってなかったんだ。中、変わってるかもなぁ。獣なんかはびこってたりして」
 そう言った青藍(セイラン)の顔は口調とは裏腹に楽しそうだ。そんな青年の表情を横目で見て、ショウは顔に手をあてた。
「……忘れてた」
「何を?」
 まりいの問いにショウは渋面で答える。
(セイは洞窟や神殿の類に目がないんだ)
「だから?」
 少年の言葉の意味がわからず、まりいは小首をかしげた。
(さっきの買出しは口実。本当はただここに来たかっただけだってこと)
 そうだろ? と言いたげにショウは振り向く。視線の先には悪びれることもなく青藍が笑みをたたえて立っていた。
「だってさー。一人で行ってもつまんないだろ。こういう場所は大勢で行ってこそ醍醐味があるってもんだ。
 それに、おれが持ちかけた話で失敗したことって今までなかっただろ?」
 子供のように目を輝かせる青藍に、ショウはため息をついた。
 確かに青年はそうだった。何か面白そうなことがあると、少年の言葉を無視して首をつっこみたがるのだ。初めの頃はそれが冒険者としての行動なのだと信じて疑わなかった。だが行動を共にする時間が長くなるにつれ、それが彼個人の性格からくるものだと理解した。そしてそんな彼の性格を、ショウは嫌ってはいなかった。
「結局何がなんでも中に入るつもりなんだろ」
「そーいうこと。わかってるじゃん」
「俺はいいとして、こいつの意見を聞いてないだろ」
「……私?」
 急に話をふられ、まりいは戸惑ってしまう。
「今はお遊びできてるわけじゃないんだ。ちゃんと自分の意見も言えって言っただろ?」
 もっとも今はお遊びに近いだろうけど。
 その一言はショウは胸におしとどめておく。
 旅を、特にこのような場所を散策するということはそういうことなのだ。複数で旅をする以上自分の意思を持っておかなければならないし、逆に持っていても妥協しなければいけないこともある。そういう意味では今の散策はいい機会になったのかもしれない。
「獣とか出てこないんですか?」
 まりいが尋ねると、青藍は待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「大丈夫だよ。暗くても照らせばいいことだし獣もいるかわからないしさ」
「さっきと言ってることが違う」
「……それは、いるかもしれないってこと?」
 ジト目の少年少女をよそに、青藍は熱心な視線を向けて語る。
「冒険っていい響きだと思わない? いかにも何かがありますってかんじでさ。大丈夫。何かあったらおれとショウでフォローするから」
 ここまで言われてしまっては仕方ない。
「……じゃあ少しだけなら」
 それでいい? とショウの方を見ると、少年は苦笑と共に首をたてにふる。
 結局はセイの独壇場になるんだよな。そんなことを思いながら。


「本当にひさびさだよなー」
 まるで子供のようにはしゃぐ青年の後を、二人は黙って歩いていた。
(青藍って本当に好奇心の塊なんだね)
(こういうところは前と全く変わってないけどな)
 これではどちらが子供かわかったものじゃない。だが腕がたつのもまた事実で。お互いに小声で会話を交わした後、二人は深々と息を吐いた。
 しばらくすると道が二つに別れる。その境目にあるのは一つの壁。
「これは?」
 壁を、それに書かれたものをショウは指差す。少年の指したもの。それは一枚の壁画だった。
「昔からたててあるんだ。文字も書いてあるけど読めないんだよな」
「古代文字みたいだな。『かつて……あった』?」
「お前、この字が読めるのか?」
 顔をしかめながら壁画の文字をたどる少年に、青藍は感嘆の声をあげた。
「城にいた頃に少しだけかじった」
「そういえば、お前って騎士団長の息子だったな。騎士ってそんなことも勉強させられるのか?」
「元・騎士団長だ。それに俺のは独学。親父は関係ない」
 もしかして、お父さんの手がかりを見つけるために覚えたのかな。
 そっぽを向いた少年の横顔を見ながら、まりいはふと思う。もっとも父親が騎士団長だったという事実にも驚いたが。
 ショウにならい、まりいも壁画を見つめる。
 そこに描かれてあるのは一羽の鳥。羽をはためかす場所は、空にしては色が暗く闇にしては光がさしすぎていた。さらに下の部分には人の姿が描かれている。
 人は片腕を伸ばしていた。まるで鳥を迎え入れるような仕草で。そこに書かれた文字は――
「『かつて世界には闇があった』」
 言葉を紡いだのは他でもない、まりい自身だった。
「シーナちゃん、この文字が読めるの?」
「うん……なんとなく」
 文字が読めるという事実に驚いたのも、他ならぬまりい自身だった。
(お前の世界の言葉なのか?)
「ううん。違う」
 小声で耳打ちしたショウに首をふって否定する。
 壁画に書かれた文字は日本語ではなかった。他の国の言葉かとも思ったが英語や他の国の言葉とも違う。地球の言葉ではない。でもなんとなくわかる。私にはこの文字が読める――まりいにはそう確信することができた。
「せっかくだから最後まで読んでみなよ」
 青藍の声に一つうなずくと、まりいは壁画に書かれた文字を再び読み始めた。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 かつて世界は闇に覆われていた。
 闇を消し、平和をもたらすため神々が地上へ遣わした一羽の鳥。鳥はゆっくりと空をめぐり、闇はたちどころに消え去った。これ、我等の世界、空都(クート)。
 
 闇が消えた後、鳥は地上に降り立った。この世界の行く末を見守るために。
 鳥が地に足をつけることは禁忌とされていたが、それでも彼等は地を選んだ。白い翼を闇の色に、空の色を瞳に変えて。
 
 地と風と空を愛した鳥の一族。人は彼等のことを翼を持つ英雄、ゼファーと呼ぶ。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「英雄!?」
 声を荒げたのは栗色の髪を持つ少年だった。
「うん、ここにそう書いてある」
 ショウの声に、まりいはこくこくとうなずく。
「どうしたんだ? 急に」
「……別に」
「『別に』って顔じゃなかったな」
 青藍(セイラン)の言うとおりだった。本来、この少年が声を荒げるようなことはほとんどない。ましてや敵と遭遇した時ならともかく、今は洞窟なのだ。
 そんなショウの横顔を見た後、青藍は視線を壁画に移す。
「その話ならおれも聞いたことがある。
 この世界を平和に導いたと言われる鳥。そのゼファーの子孫が今もどこかで暮らしてるって。これにはそんなことが書かれてたのか」
「ゼファーって、そんなに有名なの?」
 おずおずと聞くと、青年はきょとんとした顔をしてまりいを見た。
「有名もなにも、この世界の神獣じゃないか。こんなの常識だろ?」
「え? あ、……うん」
 何と答えればいいのかわからず、まりいは助け舟を頼むべくショウに視線をおくる。だが少年は、それまでの二人と同じく壁画に視線をやったままだった。
「ごめんなさい。他の事と勘違いしてたみたい」
 苦し紛れにまりいが言うと、青藍はなるほどとうなずきを返す。
「そういえばこの絵、シーナちゃんに似てるな」
「え?」
 思わぬ発言に、まりいは目をしばたかせる。
「髪の色とか背格好。案外シーナちゃんがその一族だったりして」
 鳥と共に描かれた人間は、長い髪に小柄な体格――有体に言えば、女性、もしくは少女のようだった。だがそれを自分だと言われれば、さすがに無理がある。
「まさか。全然違うよ」
 青藍の言葉に、まりいは慌てて首を横にふった。確かに空都(クート)の人間にしては焦げ茶色の髪は珍しいのかもしれない。だがあくまで珍しいだけであって、決してそのような人間がいないというわけではなかった。目の色も明るい茶色で闇の色とはほど遠い。
「じゃあ間をとってハーフとか――」
 青藍が次の言葉を紡ごうとした時だった。
「やめろ! いくらセイでも言っていいことと悪いことがある」
 再び少年の口から発せられた言葉に二人はたじろいでしまう。
「……あ、俺、今……」
 呆然と。ただ呆然とした表情でショウはつぶやいた。なぜ口にしてしまったのか。自分で自分の言った言葉に驚いているような。
 ただならぬ少年の雰囲気に頭をかくと、青藍はまりいにむかって頭を下げた。
「冗談だったんだけどな。気に障ったならごめん」
「ううん、私は気にしてない」
 まりいが言ったのは本心だった。本人が言うように青藍は冗談で言ったのだし、第一、自分は別世界の人間なのだ。仮に容姿が似通っていたとはいえ、そんな一族であるはずがない。
 まりいとしては彼よりもショウの方が心配だった。壁画に、『英雄』という言葉にいつも以上の厳しい反応をみせた少年が気がかりでならなかった。そしてその少年は、言葉を発することなく呆然とたたずんだままだ。
「日も暮れたし今日は戻ろう。それでいい?」
「うん。ショウもそれでいいよね?」
「……ああ」
 釈然としない雰囲気のまま、三人は帰路についた。
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